わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝

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078 ハマナクの異変

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 女神さまからのプレゼントであるギフトと、世界の壁を超える際に発現するスキル。
 二つの異能を携えてノットガルドの地へと降臨する勇者たち。
 それらがみんな元学生なんぞの若者であるのは、異能の定着やら急激な環境変化への適応などから、その年齢層が妥当であるとの見方が強い。
 よく言えば柔軟性がある。わるく言えば未成熟。
 大人過ぎてもダメ、子ども過ぎてもダメ、ならば中間をというわけだ。
 だが柔軟性と未成熟さがほどよく混ざり合い馴染むこともあれば、劇物に変わってしまうこともある。
 それが異世界渡りの勇者の暴走。
 能力に溺れ、理性のタガが外れて、欲望のままに道を踏み外す。
 ときおりそういう者が出現する。
 今回の案件もおそらくそうだろうと、ハマナクへと向かっていたマコトは考えていた。

「ったく、いい加減にしろよな。たまったもんじゃないぜ」

 マコトの不満の理由は二つ。
 一つ目は迷惑なヤツのせいで、遠くまで出張をさせられる手間。
 移動手段が限られるノットガルドでは、けっこうたいへんなのだ。長時間、飛竜やラホースの背に揺られていると腰にくる。あと酔って気分がわるくなる。
 二つ目は暴走するヤツのせいで、まっとうに暮らしている勇者たちの肩身が狭くなること。
 異世界渡りがトラブルを起こせば、それを全体問題としていっしょくたにする輩が必ずあらわれる。「連中は危険だ。だからきびしく管理しなければならない」とか「一般から隔離しろ」だとか。ヒドイのだと「殺せ」なんていう暴論まで飛び出し騒がしくなる。
 ただでさえ二つの異能持ちということで、周囲からは警戒されているというのに。
 実際、勇者を洗脳や隷属化している国もあるという。
 さいわいなことに自分が召喚されたギャバナは、とても寛容にて理解のある国で助かったが……。
 確かに勇者は選ばれた特別な存在なのかもしれない。
 他の者よりもチカラもずっと強いのかもしれない。
 だからとて、その土地その国その社会のルールを破れば、当然のごとく罰せられる。
 増長すれば煙たがられ嫌われる。最悪、排除される。
 いきなり他人がズカズカと自分の家に乗り込んできて、我が物顔で振舞っていれば、誰だって反感を抱く。
 そんな当たり前のことを、異世界に来たというだけで、浮かれて忘れてしまう者があとを絶たない。
 そのシワ寄せがマジメに懸命に、現地に溶け込もうと努力している者へと押し寄せる理不尽。
 これにマコトは特に腹を立てていた。「なんでバカの尻拭いをオレたちがしなくちゃいけないんだ」と。

 ハマナク国の領内に入ってすぐに、異変が目につく。
 国の外縁部分に男たちの姿が集中しているのだ。
 おそらくは主都から追い出された者たち。
 そこには女王や国に対する怨嗟の声がうずまいていた。
 それこそすぐに暴動が発生してもおかしくないような状況。
 なのに男たちが踏みとどまっていたのは、残してきた女たちの身を案じてのこと。
 退去命令が出た際、夫婦や家族、恋人たちなど、そろって王命に従おうとした者たちもいた。だがそれは許されなかったという。「出ていくのはあくまで男だけ」との厳命にて大切な者たちと引き裂かれてしまう。
 いわば身内を人質にとられた形にて、うかつに動けなかったのである。
 それでも暴発しそうになるのを、どうにかなだめて踏みとどまらせていたのは、城から追い出された男の役人たちや騎士たちであった。
 いまや主都の警護についているのも、すべて女の兵士であり女の騎士たちであるという。
 徹底した男の排除。
 酒場なんぞに潜り込んで、しばらく情報収集に勤めていたマコトは、ハマナクの勇者が男二人と女一人だったと知る。

「さて、どいつのイタズラやら」

 外縁部から主都へと近づくほどに、男女の比率が逆転していき、ついには周囲が女だらけになる。
 男の身は目立つので、すぐさま隠形スキルを発動し、正体を隠したマコト。
 女学校とか女子大とか看護寮とか尼寺とか女湯とか。
 歳相応に女の園に幻想を抱いていたマコトではあったが、実際に足を踏み入れてみると、うれしさよりも、なにやら得たいの知れない恐怖にとらわれることになる。
 空気や雰囲気に馴染めない。どうにも居心地がわるいのだ。
 不自然なまでに意図的にあるべきモノが排除された空間。
 どこか世界全体が歪んでいるようで、忌避感がこみ上げてくるのを抑えられない。
 己の心が委縮していることを自覚しつつも、それでもマコトは任務に集中する。
 主都ともなれば警備も厳重だ。魔力を探知する魔導具なども設置されており、魔法や異能をうかつに使って強引に侵入をはかろうものならば、たちまち発見されてしまう。
 そこで日暮れを待ってから、夕闇に紛れて壁を超えた。
 逢魔ケ時には、昼と夜との切り替えが強いられて、若干、心と体にズレが生じやすい。昼間だからという油断と、暗闇に対する警戒とが交差する間隙、そこを狙ったのだ。またカギ爪のついた手甲を用いるという古典的な方法ゆえに、かえって警戒の網を抜けることに成功する。
 よもや主都をぐるりと囲む高い壁を、そんな地味な方法でいまどき突破しようとする酔狂なヤツがいるとは、警備側も考えなかったようだ。
 主都内部も女だらけ。
 男ばかりが集まると独特の異臭が垂れ込めるものだが、それは女ばかりでもかわらないことを知り、若干ショックを受けるマコト。世に騒がれる加齢臭に男女は関係ないのである。あとクサイやつは男だろうと女だろうとクサイ。

 建物の陰から陰へ。屋根から屋根へ。暗がりから暗がりへと音も無く移動をくり返す。
 ついに城に到着。
 ハマナクの城は主都の中央部分に築かれた王の住む館みたいな造りにて、ちょっとした邸宅風。それゆえにここまで来ると高い壁も深い堀もないので、侵入は容易であった。
 そして城内の中庭でマコトが見つけたのは、一人の男の死体。
 数十もの剣によってまるで地面に縫い付けられるかのようにして、串刺しにされたまま放置され朽ちるにまかせてある。すっかり腐乱がはじまって異臭を放っており、コバエがびっちりと集っている。
 そんなあり様なのに、ひと目でマコトにはこれが異世界渡りの勇者のなれの果てだとわかった。
 勇者たちは互いを認識することが可能。それは死んでからもかわらないらしい。
 おそらくはハマナクに召喚された勇者のうちの一人。
 ということは、残るは男女の二人きり。

「それにしてもこいつはひどい。仮にもここは王城の中庭だぞ。日常、目が触れかねないところに惨殺死体を放置とかって、ちょっとヤバすぎないか」

 常軌を逸した状況に、おもわず肩をふるわすマコト。
 死体をざっと検分してみると、どうやら地面に押さえつけられて動けなくされてから、ズブズブとよってたかって殺られたらしい。なにやら怨念めいたものを感じる。
 しばし手をあわせ冥福を祈ったのちに、ふたたび調査を再開する。
 屋敷の屋根裏へと侵入し、うろちょろ。
 やがて嬌声が聞えてきたので、そちらへと向かい、彼は吐き気をもよおす光景を目撃する。
 おそらくは玉座の間。
 そこでは一人の小太りの男を囲んで、あられもない格好で痴態を演じている女たちの姿があった。


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