78 / 298
078 ハマナクの異変
しおりを挟む女神さまからのプレゼントであるギフトと、世界の壁を超える際に発現するスキル。
二つの異能を携えてノットガルドの地へと降臨する勇者たち。
それらがみんな元学生なんぞの若者であるのは、異能の定着やら急激な環境変化への適応などから、その年齢層が妥当であるとの見方が強い。
よく言えば柔軟性がある。わるく言えば未成熟。
大人過ぎてもダメ、子ども過ぎてもダメ、ならば中間をというわけだ。
だが柔軟性と未成熟さがほどよく混ざり合い馴染むこともあれば、劇物に変わってしまうこともある。
それが異世界渡りの勇者の暴走。
能力に溺れ、理性のタガが外れて、欲望のままに道を踏み外す。
ときおりそういう者が出現する。
今回の案件もおそらくそうだろうと、ハマナクへと向かっていたマコトは考えていた。
「ったく、いい加減にしろよな。たまったもんじゃないぜ」
マコトの不満の理由は二つ。
一つ目は迷惑なヤツのせいで、遠くまで出張をさせられる手間。
移動手段が限られるノットガルドでは、けっこうたいへんなのだ。長時間、飛竜やラホースの背に揺られていると腰にくる。あと酔って気分がわるくなる。
二つ目は暴走するヤツのせいで、まっとうに暮らしている勇者たちの肩身が狭くなること。
異世界渡りがトラブルを起こせば、それを全体問題としていっしょくたにする輩が必ずあらわれる。「連中は危険だ。だからきびしく管理しなければならない」とか「一般から隔離しろ」だとか。ヒドイのだと「殺せ」なんていう暴論まで飛び出し騒がしくなる。
ただでさえ二つの異能持ちということで、周囲からは警戒されているというのに。
実際、勇者を洗脳や隷属化している国もあるという。
さいわいなことに自分が召喚されたギャバナは、とても寛容にて理解のある国で助かったが……。
確かに勇者は選ばれた特別な存在なのかもしれない。
他の者よりもチカラもずっと強いのかもしれない。
だからとて、その土地その国その社会のルールを破れば、当然のごとく罰せられる。
増長すれば煙たがられ嫌われる。最悪、排除される。
いきなり他人がズカズカと自分の家に乗り込んできて、我が物顔で振舞っていれば、誰だって反感を抱く。
そんな当たり前のことを、異世界に来たというだけで、浮かれて忘れてしまう者があとを絶たない。
そのシワ寄せがマジメに懸命に、現地に溶け込もうと努力している者へと押し寄せる理不尽。
これにマコトは特に腹を立てていた。「なんでバカの尻拭いをオレたちがしなくちゃいけないんだ」と。
ハマナク国の領内に入ってすぐに、異変が目につく。
国の外縁部分に男たちの姿が集中しているのだ。
おそらくは主都から追い出された者たち。
そこには女王や国に対する怨嗟の声がうずまいていた。
それこそすぐに暴動が発生してもおかしくないような状況。
なのに男たちが踏みとどまっていたのは、残してきた女たちの身を案じてのこと。
退去命令が出た際、夫婦や家族、恋人たちなど、そろって王命に従おうとした者たちもいた。だがそれは許されなかったという。「出ていくのはあくまで男だけ」との厳命にて大切な者たちと引き裂かれてしまう。
いわば身内を人質にとられた形にて、うかつに動けなかったのである。
それでも暴発しそうになるのを、どうにかなだめて踏みとどまらせていたのは、城から追い出された男の役人たちや騎士たちであった。
いまや主都の警護についているのも、すべて女の兵士であり女の騎士たちであるという。
徹底した男の排除。
酒場なんぞに潜り込んで、しばらく情報収集に勤めていたマコトは、ハマナクの勇者が男二人と女一人だったと知る。
「さて、どいつのイタズラやら」
外縁部から主都へと近づくほどに、男女の比率が逆転していき、ついには周囲が女だらけになる。
男の身は目立つので、すぐさま隠形スキルを発動し、正体を隠したマコト。
女学校とか女子大とか看護寮とか尼寺とか女湯とか。
歳相応に女の園に幻想を抱いていたマコトではあったが、実際に足を踏み入れてみると、うれしさよりも、なにやら得たいの知れない恐怖にとらわれることになる。
空気や雰囲気に馴染めない。どうにも居心地がわるいのだ。
不自然なまでに意図的にあるべきモノが排除された空間。
どこか世界全体が歪んでいるようで、忌避感がこみ上げてくるのを抑えられない。
己の心が委縮していることを自覚しつつも、それでもマコトは任務に集中する。
主都ともなれば警備も厳重だ。魔力を探知する魔導具なども設置されており、魔法や異能をうかつに使って強引に侵入をはかろうものならば、たちまち発見されてしまう。
そこで日暮れを待ってから、夕闇に紛れて壁を超えた。
逢魔ケ時には、昼と夜との切り替えが強いられて、若干、心と体にズレが生じやすい。昼間だからという油断と、暗闇に対する警戒とが交差する間隙、そこを狙ったのだ。またカギ爪のついた手甲を用いるという古典的な方法ゆえに、かえって警戒の網を抜けることに成功する。
よもや主都をぐるりと囲む高い壁を、そんな地味な方法でいまどき突破しようとする酔狂なヤツがいるとは、警備側も考えなかったようだ。
主都内部も女だらけ。
男ばかりが集まると独特の異臭が垂れ込めるものだが、それは女ばかりでもかわらないことを知り、若干ショックを受けるマコト。世に騒がれる加齢臭に男女は関係ないのである。あとクサイやつは男だろうと女だろうとクサイ。
建物の陰から陰へ。屋根から屋根へ。暗がりから暗がりへと音も無く移動をくり返す。
ついに城に到着。
ハマナクの城は主都の中央部分に築かれた王の住む館みたいな造りにて、ちょっとした邸宅風。それゆえにここまで来ると高い壁も深い堀もないので、侵入は容易であった。
そして城内の中庭でマコトが見つけたのは、一人の男の死体。
数十もの剣によってまるで地面に縫い付けられるかのようにして、串刺しにされたまま放置され朽ちるにまかせてある。すっかり腐乱がはじまって異臭を放っており、コバエがびっちりと集っている。
そんなあり様なのに、ひと目でマコトにはこれが異世界渡りの勇者のなれの果てだとわかった。
勇者たちは互いを認識することが可能。それは死んでからもかわらないらしい。
おそらくはハマナクに召喚された勇者のうちの一人。
ということは、残るは男女の二人きり。
「それにしてもこいつはひどい。仮にもここは王城の中庭だぞ。日常、目が触れかねないところに惨殺死体を放置とかって、ちょっとヤバすぎないか」
常軌を逸した状況に、おもわず肩をふるわすマコト。
死体をざっと検分してみると、どうやら地面に押さえつけられて動けなくされてから、ズブズブとよってたかって殺られたらしい。なにやら怨念めいたものを感じる。
しばし手をあわせ冥福を祈ったのちに、ふたたび調査を再開する。
屋敷の屋根裏へと侵入し、うろちょろ。
やがて嬌声が聞えてきたので、そちらへと向かい、彼は吐き気をもよおす光景を目撃する。
おそらくは玉座の間。
そこでは一人の小太りの男を囲んで、あられもない格好で痴態を演じている女たちの姿があった。
3
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!

冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。


リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる