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052 カネコと災厄

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 ある日のこと。
 爽やかな早朝の澄んだ空気の中、森の小道を優雅に散歩としゃれこんでいたら、道端に倒れてグッタリしているネコを見つけた。
 だから拾ってかえったら、青い目のお人形さんに「もとのところに捨ててらっしゃい」って言われたの。
 世のお母さんたちも、我が子が似たようなことをすると、だいたいそう言うんだ。
 そして子どもたちは幼心に深い傷をザックリ負うことになる。
 そのくせ学校で先生たちはこう言うの。「命は大事に」とか「友だちは大切にしましょう」
 大人っておかしいよね? 言ってることとやってることがバラバラなんだもの。
 もう、子どもは何を信じて生きていけばいいのかわかんないよ。

「なんで? わたしがちゃんと面倒みるから飼ってもいいでしょ」
「いえ、お世話うんぬんの話ではなくって……。そもそもソレはネコじゃありませんから」
「えーっ、どっからどうみてもネコじゃん」
「いいえ、姿こそは三毛猫っぽいですけれども、体長二メートル越えにて、一つ目で出っ歯なモノをネコとは言いません。ちなみにソレはネコはネコでも『カネコ』です。分類上はれっきとしたノットガルドの種族ですから。ペットにしたら法的にアウトですよ。リスターナでも人身売買や奴隷の類は禁止されていますので」

 巨大ネコっぽい種族カネコ。
 知能はふつう。森林の奥などを好み気ままに暮らしている。性格はわりと計算高い。
 魔法にて空を駆けるようにして飛ぶ。あと姿を周囲にまぎれさせるカモフラージュも可能。それから夜になると目が光る。
 後ろ姿はデカいネコっぽいカネコ。
 でも正面に回ると、顔の真ん中にはおおきな目玉がひとつ、口から飛び出している見事な前歯が特徴的。
 いちおうは人類に分類されているので、これを飼うとは、すなわち隷属化にほかならない。
 ふむ、たしかに、ルーシーさんの言うとおりにて、これはアウトだな。
 ちっ、まぎらわしいヤツだ。飼えない以上、きさまに用はない。しゃーない、もとのところに捨ててくるか。
 そのときギュルルルとカネコの腹の虫が盛大に鳴った。
 たんに腹が減って動けなくなっていただけのようだ。



「ウマイにゃ、ウマイにゃ、おかわりちょうだいにゃ」

 用意してやったパンやらスープやらをガツガツともの凄い勢いで食べるカネコ。
 よっぽど飢えちぎっていたらしい。他所様の食卓だというのにお構いなしだ。
 名前をルナティというそうな。こんな感じだけどいい歳をした男性。
 それでどうしてあんなところで行き倒れていたのかというと……。

 ギャバナよりも遥か南方、大陸を飛び出し絶海を越えた先にある孤島ギガン島。
 島というが総面積二万キロ平方もある大きなもの。日本の四国ぐらいかな。
 そんな土地に暮らす種族はカネコたちだけ。
 それとてもせいぜい三千人ぐらいしかいないので、隣の家まで山五つとか当たり前の住環境。だからみんなが大地主みたいなもの。
 広大な森があり清涼なる流れの川があり自然の恵みが豊かにて、海により外界と隔てられているがゆえに、じつにのんびりしたもので、世界大戦の最中にあっても変わらぬ日常が保たれていた。
 そんな平穏がある日突然に終わりを告げる。
 ギガン島の中でも中央部に位置する一番高い山がドカンと大噴火。
 燃えたぎるマグマの中から姿をあらわしたのは一匹の巨大なモンスター。
 首が二十もある真っ赤なヘビにて、口から灼熱の炎を吐き出し、大地までをもドロドロに溶かして、周囲を瞬く間に火の海と変えてしまった。
 これを見た土地の古老のカネコは言った。

「あれは……、もしや伝承にあったキングヒュドラかにゃ!」

 キングヒュドラ。
 かつて世界に「焔の災厄」と呼ばれる悪夢の十日間をもたらした伝説のモンスター。
 あまりの惨状にて、みかねた女神さまがこの島に封印したという。
 悪夢の再来におののく島民たち。
 だが、これは真の悪夢への序章に過ぎなかったことを、じきにすべてのカネコたちは知る。

 ギガン島の西部にある島一番の大きな湖。
 湖面が大きく渦をまき、湖が割れて、水底からクリスタルの巨人が姿をあらわす。
 腕の一振りで山が吹き飛び、歩くだけで周囲が大地震に見舞われる。
 あっという間に地形が原型を留めぬくらいに荒れ果てた。
 これを見た土地の古老のカネコは言った。

「あれは……、もしや伝承にあったシロガネかにゃ!」

 シロガネ。
 かつて世界に「白き魔夜」と呼ばれる悪夢の十日間をもたらした伝説のモンスター。
 ところかまわず暴れ回り、破壊の嵐となりて大地を席巻。
 あまりの惨状にて、みかねた女神さまがこの島に封印したという。
 いにしえの暴帝の復活に、おそれおののく島民たち。
 だがしかーし、真の悪夢の本番はむしろこれから。

 ギガン島の南端に位置していた岬が突如として崩落。
 その奥から姿をあらわしたのは巨大な漆黒の玉。
 ふわりふわりと宙に浮きながら島の内陸へと移動を開始。
 突如としてその表面に無数の目がギョロリと出現。徹夜明けっぽい血走った瞳から発せられる黄色い怪光線により、周囲はズタズタに切り裂かれて、無残な姿をさらすことに。
 これを見た土地の古老のカネコは言った。

「あれは……、もしや伝承にあったドドメッキかにゃ!」

 ドドメッキ。
 かつて世界に「漆黒の地獄」と呼ばれる悪夢の十日間をもたらした伝説のモンスター。
 目からビームにて、ところかまわず破壊しまくって、怒った女神さまがこの島に封印。
 不気味な怪物の出現に、いいかげんおどろきつかれた島民たち。
 しかもこんなやばい連中が三つ巴にて暴れだしたのだから、たまらない。
 平和な島が一転して、世界でいちばんヤバイ場所になっちゃった!
 で、にっちもさっちもいかなくなったカネコたち。
 すると最古老のよぼよぼカネコがプルプルふるえながら言った。

「いにしえの伝承では『災厄よみがえりしとき、勇者これを封じる』とあるにゃ。この事態を打開するには、もはや勇者さまにおすがりするしかあるまいにゃ」

 そうなると問題は、誰が勇者さまを呼びに行くのか。
 ご存知のとおり、ここは絶海の孤島にて、カネコたちはほとんど引きこもり種族。
 つまり田舎者丸出しにて、外の世界のことなんてちっともわからない。
 というか、わざわざ海を越えて見知らぬ土地に行き、勇者を探すなんてめんどうくさい。
 なにせカネコはのんびりとした気性の種族なのだから。
 だが行かねばならぬ。
 そこで年寄りや女子どもを除外してのくじ引き大会が実施され、見事に貧乏くじを引き当てたのが、ルナティ。
 それが三ヶ月ほど前のこと。
 で、現在、ノットガルドには異世界渡りの勇者が三千人もごろごろ、すぐに巡り合えたのだけれども、声をかけたはしから全員が全員、武器を手に襲いかかってきて、けんもホロロな対応だったという。
 なまじネコっぽかったのが仇になったようだ。
 振り向いたら一つ目に出っ歯とか、ガッカリ感が半端ないからな。デザインが斬新すぎるんだよ。モンスター認定されてもしようがあるまい。
 なるほど、話はだいたいわかった。
 それにしても、そのギガン島とかいうところが、ヒドすぎる。
 とんだモンスターアイランドだよ。
 世界滅亡級のトリプル災厄とか、完全に女神さまの不法投棄場所じゃないか。
 あんまりにも物騒な場所だから、他の種族たちも寄りつかなかっただけじゃないのかな。
 そんなところに居をかまえるなんて、カネコたちってある意味すげえな。


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