上 下
40 / 298

040 赤髪の美姫

しおりを挟む
 
『ギャバナ女はその燃えるような赤髪と同じ情炎を身の内に宿している』

 広大な湖を中心にして栄える大国ギャバナ。
 なぜか昔からこの地では赤髪の女の姿がよく見られる。
 そしてそんな女たちが総じて勇ましい気質とあって、先のような言い伝えが根付くことになったという。

 そんな女たちが住む大国。
 王妃ともなれば、それ相応の身分の者から選ばれる。
 もちろん王の隣に並び立つのだから、それに足るだけのチカラが必要不可欠。
 見目麗しいだけのお人形に務まる仕事と立場ではない。
 側室にしてもそうだ。
 国の中心たる王の周囲に侍るのに相応しいと認められた者だけが、王族に迎え入れられる。
 個人の想い? 恋慕の情? 心配しなくともそんなものは、放っておいてもあとからついて来る。
 大国の王、その重責を担うに足る男性が、魅力的でないわけがなかろう。
 王妃や側室に選ばれるような女性が、魅力的でないわけがなかろう。
 そんな人物がすぐそばにいて、何も芽生えないわけがなかろう。
 とびっきりにいい男といい女が揃っていれば、あとはなるようになる。

 ギャバナ国の王には現在五人の妻がいる。
 王の妻たちには明確な序列がある。
 筆頭はもちろん王妃。
 なにせこの地位に選ばれるほどの、申し分のない器量持ちゆえに、他の追随を許さない。
 以下は第一側妃、第二側妃といった順に続き、実力や影響力もまたその序列に準ずる。
 そして四番目の側妃が、ワタクシことメローナ・ル・ギャバナの母親。ギャバナ女の誉れである赤髪が映える美しい人。 
 第四側妃という地位。
 国中の才媛から選ばれた王の五番目の妻と考えるか、どうあがいても五番目にしかなれなかった女と考えるか。
 人によっては五番目でもたいしたものだと褒めるであろう。
 だが、母はそうではなかった。
 たえず見せつけられる上位の女たちの背中。
 家柄も、財力も、人脈も、知能も、美も才覚も、なにもかもがかなわない。
 そういうものだと諦めてしまえれば楽になれたのだろうが、完全なる敗北を受け入れるには、母の自尊心はあまりにも高すぎた。
 高潔なる蝶よ花よと、幼い頃より厳格に育てられたがゆえに、折れることを潔しとはしない。
 たゆまぬ向上心は肥大化し、暴走し、やがて妄執へと変わる。
 そしてそのすべてが娘であるワタクシへと注ぎ込まれることとなる。
 たえず上だけを見て、そこへと向かって邁進する女を作ったのは、間違いなく母である。

 ギャバナの現王には五人の子がいる。
 王妃の産んだ第一王子イリウム・ル・ギャバナ。
 第一側妃が産んだ第二王子ライト・ル・ギャバナ。
 第二側妃が産んだ第一姫ビアン・ル・ギャバナ。
 第三側妃が産んだ第三王子ドート・ル・ギャバナ。
 第四側妃が産んだ第二姫メローナ・ル・ギャバナ。
 三男二女の粒ぞろいにて後継者には事欠かず、国の未来は安泰だともっぱらの評判ではあるが、実体はそうでもない。
 姉のビアンは生来の気質がおっとりとしており、いささか覇気に欠ける人畜無害な存在。
 三兄のドートは逆に無意味な覇気が空回りしており、意気込みに実力が追いついてはいない愚物。
 その点、長兄のイリウムと次兄のライトは自他ともに認める優秀さを誇る。
 だがそれゆえに二人は何かと比べられる機会が多く、いつしか各々が派閥を抱えるようになり、次期後継の座を巡って対立が激化しつつある。
 とどのつまり、いくら表面上は穏やかでも、少し中をのぞいてみたら激しい流れと渦が巻いている状況。
 身内同士が争う。いかにも大国らしいことではないか。
 やはり王族たるもの、たった一つのイスを巡って、肉親を蹴落とし、血で血を洗い、そこを目指すのが本能みたいなものであろう。
 だったら、このワタクシが参戦してはいけないということもあるまい。
 だが秘めた野心とは裏腹に、五番目の女の娘もまた、どこまでいっても五番手のままであった。
 いつまで待っていても見せ場が回ってこない。チカラや存在を誇示できない。
 邪魔者の足を引っ張るにしても、蹴落とすにしても、ある程度まで近寄れなければ、まるで手が届かない。
 上へと這い上がるには何もかもが足りない。
 このままでは適当に使い潰されたあげくに、他国に嫁に出されるか、降嫁させられるのがオチだ。
 そんなのは絶対にイヤだった。

 あるとき、聖クロア教会主導にて召喚の儀なるものが大々的に催される。
 これによりギャバナ国は女神イースクロアさまより、十二名の勇者を賜った。
 昨今の魔族の台頭、世情の危うさを危惧しての恩恵らしい。
 ギフトとスキル、二つの異能を持つ超人兵器。
 彼らの降臨は、自分には足りないモノを補う絶好の機会だと思えた。
 王は異世界渡りの勇者たちに対して寛容でもって接する。
 いざというとき、招集に応じてくれれば、あとは好きに過ごしていいとしたのだ。
 これもまたワタクシには都合がよかった。おかげで接触しやすくなるもの。
 だからとて誰でもいいわけじゃない。自分の野望を叶えるのに役立つ者でないと。
 勇者クジは全部で十二。
 外れクジは引きたくない。
 だからじっくりと観察して吟味する。
 すると注目していた二人が夜更けにそろって出かけるところを見かけた。
 なにやら胸騒ぎを覚えたので、こっそりと後をつける。
 そして目撃した。
 光の剣が宙を舞い、首が刎ねられるところを。
 それを成したのは勇者アキラ。
 勇者が勇者を殺す、どうして? 何か個人的な恨みでもあったのだろうか?
 あんまりにもふしぎだったので、つい理由をたずねたら彼はこう答えたの。

「邪魔だったから」

 邪魔者は消す。
 それは当たり前のこと。
 だからワタクシは「そう、ならば仕方がありませんね」と言った。
 すると彼は頬を染めながら、少しはにかんだ表情を見せたの。
 これがワタクシと光の勇者アキラとの馴れ初め。


しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

処理中です...