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038 霞のマコト
しおりを挟む「えーと、どちらさま?」
「チカンです。女性用のトイレの窓から室内に侵入しようとしているところを、セレニティたちが捕獲しました」
「そう、じゃあ死刑で」
「了解しました」
事情をきいたわたしが即座に刑の執行を命じると、ルーシーが手にしたショットガンをジャキンとポンプアクション。
チカン男の後頭部に銃口を突きつける。
「ま、待って、待って! 誤解だから。オレはチカンなんかじゃない、アレはたまたま。これでもいちおうは勇者なんだよ。だからちょっと話を聞いて」
「なるほど、女の敵、外道勇者の類だったか。なら、なおさらダメだな」とわたし。
一瞬、自分が脳天を吹き飛ばしたカズヒコの姿が脳裏をよぎる。
クズのことを思い出したせいか、恐ろしく冷たい目をしていたらしく、そんな視線にさらされてチカン男が「ひいぃ」と悲鳴をあげた。
でも、ここで待ったをかけたのがリリアちゃん。
「リンネお姉さま、これほど必死に訴えているのですから、せめてお話ぐらいは聞いてあげても」
まぁ、リリアちゃんがそう言うのならばしかたあるまい。
ちっ、運のいいやつだ。心優しい天使に感謝しろよ。
わたしが目で合図をおくると、ルーシーが無言で銃口を男の後頭部から外す。
とりあえず助かったとわかり長髪男が、ほっとした表情を浮かべる。
「で、話ってのは? もしもしょうもない話だった、モグからな」
言いながら手をわきわき。
こう、捻って千切って、もぎたてフレッシュってな感じに。
「ひぃい! 怖いからその手の動きヤメて。うぅ、リスターナの新しい女勇者、超怖え。それにこいつらいったい何なんだよ。オレのギフトもスキルもまるで通じねえし」
この勇者、名前をマコトくん。
ギャバナに十一名いるうちの一人にて、霞化というギフトと隠形のスキルを持ち、もうスパイとして生きていくしかないじゃない! といった人物。
その能力を見込まれて、国のお偉いさんの下でせっせと働いている毎日。
へんにチカラに酔うことも自惚れることもなく、わりと堅実に生きている青年。
今夜もさるお方から命じられて、こっそりリスターナの姫君のところに様子を見にやってきた。
普通であれば霞化した状態にて、気配も完全に消していたので、絶対にバレるはずがない潜入活動。
なのにあっさりバレて逃げるまもなく袋詰めにされてからの、ドムドムサンドバックにて、文字通りの袋叩き。
いかに攻撃の類を一時的にだが無効化できる霞の身になれようとも、密閉された袋の中に丸ごと捕獲されては逃げようがなかった。
これにはご愁傷さまとしか言いようがない。
相手が悪すぎた。なにせハイボ・ロードたちは超優良種。個体性能が人間種族とは段違い。それに感覚器官とかもまるで別次元だから、いかに勇者の能力とて易々とは通用しないのだ。
ノットガルドにきてから初めて感じた命の危機に心底ビビったマコトくん。「こわかった、本当に死ぬかとおもった」と素直にペラペラ自供。
で、彼にリスターナの使節団の様子見を命じたのは、なんと! 第二王子ライト・ル・ギャバナなんですって。
いきなり大物の名前が飛び出して、色めき立つ使節団の面々。
「まさか、リリアちゃん狙いじゃないでしょうね? もしも、そうだったら、お姉さん、ちょっと本気を出さざるおえないんだけど」
「ちがうから、確かにそっちの姫さまはかわいいけど、うちの上司ってばそんなキャラじゃないんだよ。わざわざオレを派遣したのは、むしろ自分の妹の動きを警戒してのことなんだ」
ライト王子の妹というと、さっき食堂で見かけたメローナ姫のことか。
なんでもあの妹さん、わたしが予想した以上に活動的な野心家らしく、ガンガン王位を狙ってるそうな。
この国ってば表向き、第一王子と第二王子の仲が不仲にて……。
といったていを装っているのだけれども、じつはこれってフェイク。
裏では二人の兄弟は本当はとっても仲良し。
第一王子は立派な御仁にて、大国の後継者に相応しく、第二王子である弟はそんな兄を影から支えることを誇りに想いこそすれ、これをどうこうしようなんて気持ちは微塵もなし。
わざと不仲を演出することで王族に取り入って乱を起こそうとする、不心得者たちを炙りだすという親公認の作戦なんだとか。
真実を知るのは国でもごくわずかな者ばかり。
だというのに野心家の末妹は、すっかり真に受けちゃって、「こいつはチャンスだ。混乱に乗じて、あわよくば」とばかりに鋭意に活動中。
「ふむ、ギャバナのお家事情はわかった。でも、それとリスターナになんの関係があるんだ? さっきチラっと食堂で見かけたけど、リリアちゃんに会釈のひとつもなかったぞ」
「あー、いや、じつは……」
たいへん言いにくそうにマコトが口にしたのは、メローナの心情について。
人一倍権勢欲が強くて、上昇志向の塊で見栄っ張り、陣頭に立ちたがる仕切り屋さんな彼女。
いささか勘違いと自惚れが過ぎるお姫さま。光の勇者を子飼いにしてますます増長中なところに、ふと耳に聞こえてきたのは、とあるウワサ。
なんでも自分よりも年下の姫君が、自ら使節団を率いて勇敢にも他国に乗り込んでの外交に挑み、むずかしい交渉をまとめあげて、文句のない成果をあげたとかなんとか。
あの姫がいればリスターナもきっと持ち直すことであろうと、近隣諸国にて大評判。
これに烈女の嫉妬の炎がメラメラ。
「このワタクシを差し置いて、なんて生意気なっ!」
話を聞くなり、手にしていたとってもお高い扇子をべキリとへし折ったとか。
まるで見てきたみたいな語り口だとおもったら、マコトくんってば実際にその場面を部屋の隅っこから観察していたんだって。
このことを自分の上司に報告したら、王子さま「やばいな」とつぶやいたとか。
で、そんなことがあってしばらく経ってから、リスターナから戦後賠償の話し合いの申し出が届いたと。
「ってことは、さっきの不意打ち訪問って、ひょっとして……」
「あぁ、リスターナの姫君が到着したってんで、いてもたってもいられなくなったんだろうよ」
わたしは先ほどの食堂でのやり取りを改めて思い返してみる。
いかに弱小国とはいえ一国の姫君がいる以上は、迎え入れる側の大国の姫君がまるでいないものとして扱うほうが不自然か。なによりウチのリリアちゃんは華があるしね。気づかなかったわけがない。
メローナが侍らしていた勇者の反応もどことなくヘンだったし、はじめっからああいう対応で通すことを決めていたとすれば納得。
そして嫉妬絡みだとすると、このままでは無事にはすまないかも。
「うわー、なんだか面倒ごとがおきそう」
わたしが顔をしかめれば、「うちの上司もそれを心配しているんだよ」とマコトくんも顔をしかめていた。
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