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035 二匹のヘビ
しおりを挟む異世界ノットガルドに来てからこっち、わたしはちょっと持て余しているものがある。
それは夜の時間。
健康スキルのせいで、ぶっちゃけ睡眠すらも必要としないこのカラダ。
習慣として夜は寝るようにはしているが、肉体が本心から欲しない行為につき、いまいち眠りが浅い。
っていうかルーシーをはじめウチの子たちは、誰も睡眠を必要としていない。
人形は人形であるがゆえにフル稼働。
宇宙戦艦は元がぬいぐるみであるがゆえに、やはりフル稼働。
ブリキのロボットにいたっては、最近では自分で適当にゼンマイを回しているので、やっぱりフル稼働。
ハイボ・ロードたちもわりとタフネスにて、三日に一度ぐらいちょろっと寝れば平気。
おかげで研究やら開発がはかどってしょうがない。
山脈地下ドームの建造はすでに完了しており、続けて要塞都市の建設に着手している。この分だと使節団に同行してギャバナ国から戻って来るころには、あらかた仕上がっているかもしれない。
やっべー、わたし何もしてねー。
ルーシーなんかは「わたしの仕事はエネルギー供給にて、ただ健やかにあるだけでいい」と言ってくれるけれども、いいのかなぁ?
そんなことを考えはじめると、ちょっと寝れなくなって、深夜のお散歩としゃれこむことにした。
場所はリスターナの城内。
いろいろと国に貢献しまくっているので、こっちにも部屋をもらったから、ちょくちょくお邪魔している。大きめなお風呂が隣接されているので気に入っている。
荒れ果てていた中庭は、まだそのまま。草木も生えるに任せている。
壊された渡り廊下の瓦礫だけは撤去されたけれども、他はまだ手付かず。
と、そんな中庭にて一人、グラスを傾けている美中年王の姿を発見。
「やぁ、リンネちゃん。よかったら一杯つきあわないかい」
ほろ酔いの月下のオジさま、超セクシー。
せっかくなのでご相伴にあずかることにする。
わりとキツめの酒に氷を沈めて、ちびちびやっている美中年。
琥珀色の液体が似合うものの、じつはあまりアルコールに強い方じゃないんだって。
個人的にもあまり好きな方じゃない。それでも飲みたい夜がある。
だって大人だもの。
よもやま話に花を咲かせながらの二人きりの宴会。
「カークのやつは、もう逝ったのかな」
会話が途切れた際に、ポツリと王さま。
父親である彼には王子が辿る末路については説明してある。
セレニティ・ロードたちの住処に運ばれたオスが、ふたたび外の世界にでてくることはない。
彼のつぶやきに、わたしは無言のままで小さく頷く。
すると彼は「そうかぁ」とだけ言って、グラスの中身をひと息に飲み干した。
カランと氷が音を立て、やたらと夜の庭に響く。
「ボクはどこで間違ったのかなぁ……。あれでも昔はいい子だったんだよ。王妃と側室も仲がよかったし、カークもリリアを可愛がっていた。自分ではわりとうまくやっている自信があったんだけど」
一国の王が世継ぎをこさえるのは責務。
そのために側室の一人や二人抱えるのも当たり前。
美中年なシルト王ならば、その気になればハーレムぐらいいくらでも造れたであろう。なにせモテモテだし。募集をかけたら、わんさか寄って来るにちがいあるまい。
でも彼はそれをしなかった。子どもも二人きりだし。しかも男子が一人きりとは、王族としてはかなり珍しい。
派手な見た目や言動のわりに、けっこう身持ちが固いんだよね、この人。
無駄な後継者争いとかも嫌ったのかもしれないけれども、その想いは息子には伝わらなかった。
生まれ持った出来不出来はしゃあない。ガッカリ仕様ならそれを利用して、おおいに周囲に甘えてこき使えばよかったのに、カーク王子はプライドが邪魔をしてそれが出来なかった。
結果として唯一無二の替えの利かない存在というプレッシャーばかりを押しつけられて、耐えきれなくてつぶれちゃった。
息子をそんな境遇へと知らず知らずのうちに追い込んでいたシルトさん。王としても父親としても、ちょっと自信を失くしている。
あんまりさみし気で切なくて、おもわずギューッと後ろから抱きしめたくなる。
いまのこの姿を見せたら、十人中九人の女がコロリと彼に惚れることであろう。
もっともわたしは健康スキルにて、出来る男の普段は見せない弱った姿にも、平然としているけど。
そんなわたしは、彼にあるお話を聞かせてあげた。
昔々、あるところにイケてる長者どんがおりました。
田畑はいっぱい、蔵の中も宝物だらけで家も裕福。
そんな長者どんには自慢の二人の妻がおりました。
双方ともに近在にて比べるべく者のない見目麗しき女人たち。
気立ても器量もよく、旦那さまを巡って醜い争いをすることもなく、じつに仲睦まじく暮らしておりました。
だから長者どんも、つねづね自分は果報者だと周囲にもらしておりました。
ある夜のことです。
知り合いの祝いの席へと出かけていた長者どん。
いささか酒を飲み過ぎたものの、いい心持ちにて我が家にご帰宅。
するとまだ部屋の明かりが灯っている。
「おや、わざわざわたしが帰るのを待っていてくれたのか。こんなにやさしい女房たちに囲まれて、ほんに自分は果報者だわ」
己のしあわせをしみじみと噛みしめながら、部屋の引き戸に手をかけた長者どん。
だけれども少し開けた隙間から部屋の中を見た瞬間に、その場で凍りつく。
ロウソクの明かりの下で、仲良く笑みを浮かべながら会話をしている二人の女房。
背後の壁には女たちの影が同じく並んで映っている。
が、女たちの長い髪の影が無数のヘビとなって、うねりながら、はげしく争い、喰らいあっている世にも浅ましい姿が……。
ここでゴクリとノドを鳴らしたのはシルト王。「それで、どうなったの?」とたずねられて、わたしは「長者どんはその夜を境にして行方不明。二人の女たちは仲良く財産を折半して、とんずら」との結末を伝える。
このお話の教訓は「ハーレムとか一夫多妻とか、しょせん男の幻想だから。男一人に女二人以上でモメないわけがないでしょ。一対一でもケンカするのに。いい加減に異性に甘い夢をみるのはヤメろ」というものである。
けっこうショックを受けて、すっかり酔いがさめている王さまの肩をポンポンと叩いてから、わたしは中庭をあとにして自室にもどった。
なんだかちょっとスッキリしたので、今夜はいい夢が見れそうな気がする。
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