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151 忘れられし女神編 その小娘、劇薬につき
しおりを挟む近寄って来る黒猫の着ぐるみを懸命に追い払おうとする怪物。
その仕草にて自分の考えに確信を持った私は、「うにゃーん」と突っ込む。
瓦解しかかっている体ゆえに精彩をかく攻撃。
これを難なくよけて、胸部にある女神の顔の前へと辿り着く。
こちらの意図に気がついたのか、女神は頑なに口を閉じている。
その整った顔面に拳をふるう。
猫パンチ、猫パンチ、猫パンチ、たまに猫キック。
執拗な攻撃を受けて、口がわずかに開き、白い歯が見えた。
そこにすかさず「猫パンチ・インパクト!」
女神の前歯が砕け、ついに道が開かれる。
それは私にとっては勝利であると同時に黄泉へと通じる穴。次元回廊に足を踏み入れたときから覚悟はしていたとはいえ、いざとなるとやはり膝がぷるぷる震える。
怖い。行きたくない。死にたくない。
でも、それでも私はまだ……、まだこの世界を終わらせたくない!
みんなの顔を思い出して勇気を貰う。
「ふぅ」深呼吸をひとつしてから黒猫の着ぐるみは、ぴょんと女神の口腔へと飛び込む。
女神もどきの体内に入った途端に景色が一変する。
上下左右の感覚のない真っ暗闇な空間。
そこに浮かぶのは無数の小さな白い顔、顔、顔……。
苦悶、嘆き、恐怖、憤怒、怨嗟、嫉妬、愛憎、失意、絶望、諦念、ヒトのもつであろう、ありとあらゆる負の感情を表した顔が集っている。
よくもまあ、これだけ気色の悪いものばかりを集めたもんだと呆れていたら、すべての顔がこぞって私の肉体へと群がり、歯をたて、肉を引き千切り、喰らっていく。
なるほど、こうやって体内に取り込まれたモノは吸収されていくのか。
ふしぎと痛みは感じない。ただひと口かじられる度に、それらの顔が抱える感情が私の心に流れ込んでくる。いつまでも終わらない夜を彷徨う想いは、どこまでも冷たくて、ただただ悲しい。
いつしか猫目から涙がとめどもなく溢れていた。
やがてそれすらもが啜られ、喰らい尽くされる。
じきに私の意識はぷつんと切れた。
黒猫の着ぐるみを呑み込んだ怪物が、のたうち回る。
固体化と液状化を繰り返し、嵐の海のごとく荒れ狂う体表に浮き出た女神の顔が、声にならない悲鳴を上げる。無数の女の腕が飛び出たかとおもえば、空をむなしく掴み、チカラなく崩れていく。
どれほどもがいていたのであろうか。
不意に怪物がピタリと動きを止めた。
泥が乾燥するかのように全身が急速に固まり、やがてポロポロと欠けていき、大小多数のヒビが入る。一角が自重に耐えかねてゴトリと音を立て落ちたのを合図に、崩壊が始まる。
内部より無数の輝きが飛び出す。
これはヒトの想いが織りなす光。
ずっと囚われていたあまねくすべてが、いま闇の牢獄より解き放たれたのだ。
光の奔流が次元回廊にて大輪の華を咲かせる。
そしてすべてが飛び去り、何処かへと消えた後に残ったのは三つの光。
光の一つは左腕を失い痛々しい姿を晒している少女。
残り二つは茜色の髪をした女性と、そんな彼女の横に寄り添うようにして立つルギウスであった。
「起きなさい、ヨーコ」
女の声に導かれるようにして、ゆっくりと私は瞼を開ける。
「あれ? 生きてる……」
起き上がろうとしてよろめく。片腕を失ったせいで体の軸が狂っているせいだ。うっかり無いほうの腕で手をつこうとして倒れそうになるも、それはルギウスが支えてくれた。
「ありがとう」
「いや、礼を言うべきなのは私のほうだ。キミのおかげで我々はようやく神々の呪縛から解放された」
「どういうこと?」
かつて倒した神々の呪詛により、この世界に縛りつけられ逃れることも適わず、忘却により消滅を待つしかなかった。それをなんとかしようと彼は足掻いていたわけだが、呪詛という鎖をも、私という劇薬が怪物の体ごと粉砕してしまったらしい。
おかげで女神は名を取り戻し、彼らの魂は救われたと、ルギウスが教えてくれた。
その説明の最中に六つの光が飛来する。それらが彼の周囲をふわふわと漂う。
何故だか私には、ひと目でその光の正体がわかった。
ギガヘイルの六柱たち。タキシム、イレーン、マンティ、リヴァイヴ、デュラハ、それにドレイク博士もいるってことは、地下に埋もれたアレは失敗だったんだな。
魂の定着までには至らなかったようで、かえって良かったよ。
「私たちはこれより長き贖罪の旅へと赴きます」
女神シイハはそう言った。
贖罪の旅の意味はよくわからないけれども、とんでもなく大変なのはなんとなく理解できる。だから無責任に頑張れとも言えず、私は口をつぐんでしまう。
「そこでヨーコ、せめてものお礼にこれより貴女を次元の狭間より出してあげます。ですが、どうしますか? ここからならば、いま暮らしている世界でも、かつての世界でも、どちらにでも送り出すことが可能ですよ」
なかなか魅惑的なご提案。
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だけど……。
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