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147 忘れられし女神編 目覚めしそれは……
しおりを挟むドクンと空気が胎動するのを確かに感じた。
途端に膨れ上がる気配。
黒猫の着ぐるみの尻尾の毛がビビビと逆立つ。
尋常ではない様子に警戒している私とは対照的に、どこか惚けた顔をしているルギウス。
傷口より流れ出る自身の血を気にも留めず、彼は足を引きずりながら緑色の水晶柱へと近寄っていく。
「長かった……。ようやく、ようやくだ。私が再びキミをこの手に取り戻すときがきた」
月明りにも似た淡い光を放っていた緑色の水晶柱。
その中で眠っていたはずの女性の瞼が、いつの間にか開かれている。だけどその目を見た瞬間に、私の全身に悪寒が走った。
恍惚とした表情を浮かべてるルギウス。それは間違いなく恋慕の情。だというのに肝心のお相手の瞳の中には、いかなる喜怒哀楽の色も見てとれなかったからだ。
無機質? いや、無関心なモノを見るような冷ややかな視線。
どういうときにあんな目になる……、道端の石ころを見るときか、それとも庭の隅に生えた雑草を見るときか。
緑色の水晶の表面に細かいヒビが入っていき、やがて大きな亀裂となって、ついにガラガラと砕けて崩れてしまった。
悠然と中から現れたのは、茜色の髪をしたとてもキレイな女。
でもヒトの持つキレイとは決定的に何かが違う。
例えるならば蒼穹の青さ、夕陽の彩り、あるいは月の眩さか。ヒトが持ちえない超越した人外の美しさ。これが……、忘れられし女神。
ルギウスが彼女の前にひざまずく。その顔には歓喜の涙が溢れていた。
そんな男に向かい優しく微笑んでみせる女。
彼女がそっと包み込むようにルギウスの頭を抱きしめる。
悠久の刻を経ての感動の再会。
かと思われた次の刹那、女の身がぐにゃりと崩れてはじけた。原型を失いまるでアメーバのごとく広がり、ぱくんとルギウスの体を呑み込んでしまう。
しばらくモゴモゴと蠢いていたとおもったら、再び形を成し始める。
だが最初に見た女性とは似ても似つかぬ姿へと、変貌を遂げていた。
美術室とかに置いてある、胸から上の石膏像に近い姿形をした巨大な異形。
苦悶、喜色、憤怒、微笑……、音もなくころころと表情が変わる。
なんだこれは? こんなモノが麗しの女神さまなわけないよね。
だってルギウスの奴、喰われちゃったし。ということは復活は失敗したってことか。
いや、違う。たぶんとっくに時間切れだったんだ。だって私がこの世界に送られた時点で、この世界には神さまは不在だったんだもの。
ギガヘイルがやっていたのは、女神の残骸にせっせと混ぜ物だらけの質の悪いエネルギーを注ぎ込んでいたに過ぎない。
結果として、連中は神を復活させようとして、よくわからない怪物を産み出してしまったんだ。
用心しつつ、どうしたものかと考えていたら、産み落とされた異形を中心にして、景色が滲んでいることに遅まきながら気がつく。
初めは気のせいかと思ったがそうじゃない。瞬きするたびに、着実にその滲みが拡がりを見せている。
「あれは膨張……、なんかじゃない! 空間が浸蝕されている。こいつ、世界そのものを喰ってやがる」
滲んでみえたのは喰われて同化したモノ。
ゆっくりとしていた浸蝕は、徐々に勢いを増して範囲を広げていく。
このままではマズいと慌てた私が猫目ビームを放つ。
しかし手応えがまるでない。
攻撃は怪物の体を透過して、どこかへ吸い込まれて消えてしまう。
「ちゃんと当たっているのに当たっていない。まるで幻でも相手にしているみたい。あっ!」
ピコンと灰色の脳細胞が閃いたのは、この浮き島のこと。
確かデュラハはこう言っていた。「あそこはこの世界にあってこの世界にあらず」
もしかしてコイツも似たような存在なのかもしれない。
だったらいくら攻撃してもダメだ。現状はフィルムが重なっているようなものだから、一見すると同じ世界にいるみたいになっているけれども、実際には存在している次元が違う。そして向こうは神さま特権にて一方的にこちらに影響を及ぼせるけれども、こちらからは無理。
二次元と三次元では喧嘩にならない。
女神の骸から出来ているアイツは、遥かに高次元の存在だろうし、ぶん殴るにはせめて同じ土俵に引きずり下ろす必要がある。
どうすればいい、どうすれば……。
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