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124 漆黒の亡霊編 男って奴は……
しおりを挟む「そういえばヨーコは将来、どうするか考えているのか」
いつものように朝の修行を終え、地面に大の字にて転がっている私に向かい、ハウンド師匠がそんなことを言い出した。
「将来? うーん、まだよくわかんないかなぁ」
「イクロス王子はお前を騎士にしたいみたいだな。オレとしては正式なギルド職員として迎え入れたいが、能力的には冒険者としても充分にやっていけるだろうし。他にも出来ることは色々とあるだろう」
「あー、でも冒険者はいいかな。なんだか暑苦しくて面倒そうだし」
見習い職員にあるまじき発言。これにはギルドマスターも苦笑い。
師匠が不意に弟子の行く末に言及したことに、私は少し引っかかりを覚えつつも、いつもの日常へと埋没していく。
後になって思えば、このとき、すでにことは動き始めていたんだ。
珍しいことにハウンドさんがお休みをとった。
名目上は休日扱い。でもたいていは執務室に詰めているというパターンが多いのに、その日ばかりは完全にオフモード。ギルドにも一切顔を出さないという。
もしや師匠に女が出来たのか! と勘ぐるも、古い友人に会うだけだと鼻で笑われた。
ちぇ、つまらん。
師匠が完全にお休みなので、その日ばかりは私の修行もお休み。
王子からの用事もなかったので、暇な私は昼過ぎに寄宿舎学校にいるラマンダさんのところに顔を出す。
あわよくば美味しい午後の紅茶とお菓子にありつこうとの魂胆だ。
なのになんだかやつれ顔の美魔女さん。どこかぼんやりとしており、心なしか元気もない。
理由を訊ねるも、「べつに何も」と消え入りそうなお返事。
いや、絶対に何かあったよね! 詰問すると美魔女のオッドアイからポロリと涙が零れた。これを皮切りに私を抱きしめて嗚咽を漏らしはじめる彼女。
いつもは毅然とした態度の女性が泣いている。
こんなに弱々しいラマンダさんは初めてだ。
いったい何があったの?
どうにか涙の理由を聞き出した私は、血相を変えて院長室の窓から飛び出す。
フクロウフォームにて都上空へと舞い上がり、そこから南へと向かう。
目指すは魔導自動車で半日ほどの距離にある荒地。たまに騎士団の軍事演習とかで使っている場所だ。
ラマンダさんが言うには、ハウンドさんを呼び出したのは、かつてのパーティー仲間の男。師匠とは同門にて、子供の頃より切磋琢磨してきた古い知己。
それだけならば何も慌てる必要はない。
問題はそいつが、かつて人魚の都にて、一撃のもとに私を倒した漆黒の昆虫人であるということ。つまりギガヘイルに所属する敵。
パーティー解散後に姿を消して、長らく消息を絶っていたという。
ずっと心配していたというのに、ようやく姿を見せたかと思えば、なにやらキナ臭いことに加担しているらしい。
ハウンドさんは私から話を聞いたときより、いずれは彼と相対するときが来ることを予見していたという。
「自分の手でカタをつける」という師匠を、どうしても止めることが出来なかったとラマンダさんは泣いていた。
これだから男ってやつは……。
勝手に思い詰めて、勝手に自己完結するんだもの。
後に残される側の身にもなれってんだ!
目的地へと近づくほどに曇天が厚い。まるで空が落ちてくるかのようだ。
空気が湿り気を帯びて、耳の奥がキーンとする。気圧が下がっているのか。
じきにビリビリと肌を刺すような感覚に襲われる。
殺気、あるいは覇気とでも称すべき強烈な気配。それが正面から波のように押し寄せては、私の全身を容赦なく打つ。
この先で戦闘が行われているのは間違いない。
それもかつてないほどの激しい闘いが。
ついに雨が降り出す。土砂降りの雨だ。雷鳴も轟き嵐となる。
それでも構わず突き進んでいると、二本の光の柱が立つのが見えた。
二本の柱はゆっくりと近づき、やがて一本の柱となる。
巨大な闘気と闘気がぶつかって衝撃波が発生する。
直後に空から大地へと落ちるはずの雨粒が、角度を曲げて八方へと飛び散る。
弾丸のごとき勢いの雨粒。荒れ狂う空の大波に巻き込まれて私は墜落した。
降りつける雨を顔に受けて気がつく。
どれくらい寝ていた? 慌てて跳ね起き、黒猫の着ぐるみフォームに変身。
現場へと急行する。
そこで私が目にしたのは、漆黒の拳がハウンドさんの深緑の体を貫いている光景であった。
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