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93 二人ぼっちのプレイボール
しおりを挟む「しまっていくぞー!」
「オー!」
私の掛け声にアミット姫が応える。
ある晴れた昼下がり、ここは城内の中庭にある開けた場所。
現在、私たちは二人で草野球もどきをして遊んでいる。
といってもメンバーは二人きりなので、ピッチャーとバッターをかわりばんこ。
私が投げた小石を、アミット姫が振り抜いた角材が、カキンとかっ飛ばした。
運動神経のいいお姫さまは、あっという間にバッティングのコツを掴んでしまった。もはや私のカミソリカーブが通用しない。
きれいに捉えられた小石は、放物線を描き飛んでいく。そしてガチャンと音がした。
おぅ、あれは窓ガラスが割れる音。
あっちゃーと見上げた先は、イクロス王子の執務室であった。
「ごめんなさい。お兄さま」
ペコリと頭を下げるアミット姫。
ガラスは割れたものの幸いなことに、内側に張られてあるレースのカーテンに阻まれて、室内にまでは小石が飛び込んでいなかった。おかげで怪我人はなし。
十も歳が離れた妹が可愛くて仕方がないシスコン兄はデレデレと、妹のやんちゃを許した。
アミット姫の剛腕が唸る。
ボール代わりの小石が、もの凄い勢いにて内角低めの嫌なところを突いてくる。
マジで運動神経だけでなく身体能力も高い。どうして誰も彼女に武術を教えないんだよ! と疑問を感じつつ、バット代わりの角材を自身の体で巻き込むかのように振り抜く。いささか強引ながらも小石を捉える角材。
投球に威力があったせいか、反動にて小石がよく飛ぶ。そしてガチャンと音が鳴った。
場所はまたしてもイクロス王子の執務室である。
「ごめん。わざとじゃないよ」
私がペコリと頭を下げたら、頭頂部をワシ掴みにされて、メキメキ締めあげられた。
イダダダ……、妹のときと態度が違い過ぎる。挙句に「ガラスの代金は給料から天引きしておくからな」と言われて部屋から追い出された。
わずか一試合の間に、アンダースロー投法まで引きずり出されるとは思わなかった。
アミット姫ってばセンスの塊。彼女は世界を狙える逸材だ。ただ惜しむらくは、こちらに野球というスポーツがないということ。
地表すれすれから放たれる小石が走る。スピードが乗り軽くホップ、更に脅威の伸びをみせて二段目のホップを果たす。
だがお姫さまは、そのせり上がってくるかのような軌道を完全に捕捉。
ガクリとマウンドにて膝をつく私の遥か頭上を飛んでいく小石。
そしてガチャンと窓ガラスの割れる音が鳴る。
アミット姫と二人して執務室に向かったら、ジンが倒れていた。
突如として窓ガラスを突き破ってきた小石。騎士は咄嗟に反応してこれをかわす。しかし床と柱に当たった石が跳ねて、運悪く彼の後頭部を直撃、たまらず昏倒したと。
「よかった。これがレプラなら、さすがに良心が咎めるよ。なんだかんだで女性だしね」
「でも……、やはり手当をしたほうがいいんじゃあ」
「いいんだよ、アネット。放っておきなさい。男の騎士ならば多少、傷がついたほうが箔がつく。あわよくば当たり所がよくて、まともになってくれると上司としてはありがたい」
やれやれと安堵する私。お姫さまは優しいから心配するも、それは無用とイクロス王子が切り捨てた。
事務員たちはいつものように動じることなく、黙々と書類仕事に没頭している。
そうこうしているうちに、むくりとジンが起き上がった。
「おお、ヨーコ。いい天気だな。これからデートをしよう」
目覚めるなり幼女を口説く黒髪の青年騎士。
残念なことに王子の願いは叶わなかったみたい。
ガチロリは依然、健在なり。
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