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66 白昼の死角
しおりを挟む隔週に一度の楽しみのために、都内にある本屋へと向かう。
この世界ってば、写真とか映像系の技術はまだまだなのだが、印刷技術はそこそこ進んでいる。おかげで書籍がわりと安価で手に入る。
私が定期購読しているのは隔週発行の雑誌。漫画と小説が半々ぐらいの内容ながらも、編集のこだわりが詰まった作品群は、なかなかのモノである。
そうそう、ここでも普通に漫画ってあったんだ。新聞の四コマや風刺イラストとかじゃないよ。ちゃんとしたコマ割りされたストーリー性の高い奴。
個人的には三世代同居内不倫を描いた、ドロドロの愛憎劇を描いた作品がお気に入り。まるで著者の実体験か? と信じたくなるほどに生々しい描写は圧巻の一言。女の中に潜む夜叉を克明に描き出している名作である。
先週は小悪魔な嫁を巡って父と息子が激しく対立し、それを物陰から鬼の形相で盗み見ている姑、というシーンで終わっていた。
ああ、どうなることやら。続きが気になる。
はやる気持ちを押さえつつ、賑わう通りを抜けて、本屋のある筋へと一歩入ったら、なんだか様子がおかしい。人垣が出来ている。
「すみません、何かあったんですか?」
「ああ、立てこもりだよ」
野次馬のオッサンの話によると、護送中に逃げ出した囚人が、女の店員さんを人質にして本屋に立てこもったという。
なんてこったい! よりにもよって私が通っている本屋さんが現場じゃないか。しかも人質にされているのは、顔馴染の獣人のお姉さんだ。いつも本を買うとオマケにアメ玉をくれるいいヒト。
いかん。これはマズいぞ。
なにがマズのかって、あのお姉さん、雰囲気がちょっとエロいのだ。地味な犬顔で痩せているくせにわりと胸が大きい。ジンやレプラの言葉を借りれば「日常のエロス」がつまったような女性。腰回りも妙に生々しいのだ。なにせ彼女が棚の整理をする時間帯になると、客足がいっきに増えるというのだから。
そんな女性と悪漢が二人っきり、しかも男の方が興奮状態。オドオドと怯えている女性に対して不埒なことを考えかねない。
おのれ、こうしちゃおれん。
私はオッサンに礼を述べると、すかさず最寄りの建物の陰に隠れて「変身!」
シュタシュタと屋根から屋根へと駆けて、本屋へ。
建物の正面には駆けつけた騎士たちが詰めているものの、人質がいるので迂闊には踏み込めないで二の足を踏んでいた。説得を試みているヒトもいたけど、無理っぽい。
裏に回って窓より室内の様子を伺う。
ナイフを片手に立てこもっている男の姿が目に入る。耳が長い。ウサギ系の獣人かな。その足下に猿ぐつわをされて縛られたお姉さんを発見。
案の定だ。なんだかエロエロしい雰囲気を醸し出している。こんなのを見せられたら、真っ当な奴の理性でも危ういわ。ましてや理性が半分ぶっ飛んでいる犯罪者ならば、我慢できるわけもない。
最早一刻の猶予もない。しかたあるまい。ここは禁断の秘技を使うことにしよう。
猫爪をじゃきんと出した私は、窓ガラスの表面をなぞるかのようにして滑らせる。
「ギギィー」
耳をつんざく不快な音色が鳴り響く。
これって大丈夫なヒトはまるで平気なのに、ダメなヒトはとことんダメなんだよねえ。
そして長い耳の獣人はどうかというと……。
やっぱりダメだったみたい。
泡を吹いて倒れていた。ついでにお姉さんまで気を失っている。
「まぁ、いいか」
とりあえず犯人の両肩の関節をゴキリと外してから、お姉さんの拘束を解くと私は建物から抜け出して、素知らぬ顔をして野次馬の中へと戻った。
そしてどうしたものかと相談している騎士たちの側にて、それとなく「なんだか静か過ぎない」とか呟く。
あとは突入した騎士たちが犯人の身柄を確保して、お姉さんも無事救出。事件も目出度く解決にて万々歳。
ただし一つだけ誤算があった。
それは事件のごたごたにて、本屋の営業が終わってしまったこと。そのせいで私は楽しみにしていた雑誌を購入することが出来なった。
うにゃーん。
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