神造小娘ヨーコがゆく！

64 ジルス教国編 終戦。そして……

　
　猫爪を取り出し、にらみ合う二体の黒猫の着ぐるみ。

　てっきり弱点が露呈したので、変身を解くものとばかり思っていたのに……。
　もしかして一度姿を変えちゃうと、しばらくは解けないのかもしれない。スゴイ能力なのに微妙に不便だな。
　睨み合いながら互いにジリジリ近寄りつつ、間合いとタイミングをはかる。
　薄闇の中に四つの猫目が光り、互いの視線が交差する。
　ぴちゃんと天井から落ちた雫が音を立てたのを合図に、両者が同時に駆けだす。
　さながら時代劇の決闘シーンのごとく、黒猫の着ぐるみ同士の刹那の交差。勝敗はこの一撃にて決する。
　私の振り抜いた爪の切っ先が、ほんの少しだけ早くタキシムに到達。怪人の体を深く切り裂く。
　タタタと、数歩すすんだところで、ざっくりと開いた傷口より血が噴き出し、次いで内臓が漏れだしてタキシムが膝をついた。その拍子に変身が解けて本来のイグアナ怪人の姿に戻る。
　なのに彼は倒れない。
　それどころか気力にて再び立ち上がると、なんとか台座のところまで辿り着いてみせる。
　祀られてある黄色い珠に手をつく。
　血でべったりと珠が濡れた。

　死に往く者が何かをしようとしている。
　自爆とかされたら困るので、本来ならば止めるべきなのだろう。でも不思議とそんな気持ちが起こらなかった。むしろ見届けてやろうという気概さえ湧いて来る。そう思わせる何かが、いまのタキシムからは感じられた。

「すみません。ルギウスさま……、せめてコレだけでもお受け取り下さい」

　途端に光を強める黄色い珠が激しく明滅する。
　が、しばらくすると輝きを失い、ただの水晶のように白濁した姿へと変わってしまう。
　その様子を見届けた直後に、タキシムは息絶える。途端に体は泡となり、じきに跡形もなく消えてしまった。

　残った水晶の珠はとりあえず持ってかえることにして、問題は戻る方法である。
　自分が滑ってきた穴は、どこだかわからない。しようがないので順路を遡るようにして進んでいくのだが、これがすこぶる大変だった。なにせ罠、罠、罠、のオンパレード。
　タキシムが最初に言っていたのってコレだったんだな。
　それでようやく明るいところに出たと思ったら、宗主の間とかいう煌びやかな場所にて、いきなりデカい怪人に襲われた。ミノタウロスみたいなムキムキの奴だ。
　でも弱かった。猫パンチ一発で吹っ飛んだ。そうすると何発かもらっても立ち上がってきたタキシムって、やっぱりかなり強かったんだな。他の冒険者らがうっかり遭遇していたら大惨事になるところだったよ。

　ようやく最初の地点へと戻った頃には、すでにこちらの戦闘も終わっていた。
　私は師匠のもとに駆け寄り、宗主タキシムに関することを報告する。
　結果としてギルドとしての任務は失敗。
　だって捕縛すべき相手がいないんだもの。
　どのみち捕まえるのは無理だったとは思うけど……。



　郊外で繰り広げられていた野戦の結末は、凄惨の一言であった。
　なにせジルス教国側はただの一人たりとも降伏することなく、全員が特攻して果てたのだから。
　予測しうる最悪の結末。
　忘れられし女神を信奉するジルス教の信者たちは、誰も彼もが笑って逝った。
　殉教者数は十万を軽く超え、その異様な光景は参戦した、多くの兵たちの心に暗い影を落とす。そして大陸史上、屈指の凶事として忘れられし女神の名とともに語り継がれることとなる。
　こうしてジルス教国は滅び、連合軍は勝った。
　だが得られるはずの栄誉も栄光も、どこにも存在しない。後に残るのは無残な屍と死臭ばかり。
　これほどの犠牲を払ったのにもかかわらず、この戦争が更なる過酷な戦いへと連なる序章に過ぎなかったことを私たちが知るのは、ずっと後になってからのこと。
　気がついたときには大陸中のヒトたちが、災禍の渦に呑み込まれることとなる。

　この日より、世界は確実に混沌へと足を踏み入れていく。