秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

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其の三十六 幕間 羅漢塚

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 事情聴取の合間の休憩中。
 警察官と被疑者という間柄ゆえに、和やかに談笑するというわけにもいかず。さりとてふたりきりにてだんまりというのも息が詰まる。やや気まずい状況。
 こういうとき、どうのような話をして間をもたせたらいいのかわからない駐在は、己が朴念仁ぶりを呪いつつ、茶をすすり金平糖を口に運んでは舌の上で転がすばかり。

 唐突に女がぼそり。

「駐在さんは、集落のはずれにある塚のことはご存知ですか?」

 もちろん知っている。
 羅漢塚のことだ。
 ここ和良簾村の北東、うしとらの方角にある竹林、その奥のひらけた場所。
 四角いくぼ地にて、内側の四方すべてが七つの段で構成されたひな壇のようになっており、底へと向かうほどに狭まっていく。段々には苔むした大小の石像や石仏、石碑や石柱などがずらり。びっちり寄せ集まっている。そして一番底には七つの地蔵が並んでいるものの、何故だか右端の地蔵は胸のあたりで砕けており、修繕されることもなく首から上がないままで放置されてひさしいという。
 千賀谷家の地所のうちだが、特に出入りは禁じられておらず、柵なども設けられてはいない。
 日中でも薄暗く、夏場でも空気がじめっとしており、とても陰気な場所ゆえに、村の住人たちもまず近寄らない。

 でもだからこそ駐在は巡回の立ち寄り先に組み込んでいる。
 なぜなら人が近寄らない身近な場所こそが、もっとも犯罪の温床となりやすいからだ。

「塚というのは羅漢塚のことか。村の前身だった頃からあったという話だが、資料らしきものも残っておらず、伝承もなく、詳細は千賀谷家の方でもよく把握していないと聞いたが。あとはたまに酔狂な学者がどこぞより噂を聞きつけて調査にくるらしいけど」

 古代の共同墓地の名残り。あるいは六部殺しや落ち武者狩りにて犠牲になった者らを供養するためのもの。もしくは村が平家の隠れ里であった証拠なんて説もあるらしいが、どれも明確な根拠はなく、あくまで憶測の域に留まっているそうな。

 駐在が聞きかじったことを思いつくままにつらつらと口にすると、女が「ふふふ」と控えめに笑った。
 いまの話のいったいどこに愉快な要素があったのか。駐在が内心で首をひねっていると、女が言った。

「由来を知らないだなんて嘘ばっかり。ほんにあの家の連中ときたら」

 声は若い娘のものであったが、響きに陰がこもっており重苦しく、まるで積年の恨みを抱く老婆が吐いたかのように聞こえたもので、駐在はおもわず女の顔を凝視する。
 が、そこにあったのは人当たりのよさそうな柔和な表情。微塵も鬱としたものを感じさせない。
 駐在は困惑する。

「自首してきました」と嵐の夜にいきなり駐在所に飛び込んできた女。
「なんてお気の毒な」と駐在の身の上や村での立場に同情する女。
「よろしければ」とあり合わせの材料で料理を作ってくれる女。
「いけません」とガラス片で怪我をした駐在を案じる女。

 旦那さまとのことを楽しげに語る女。
 陽の目をみることなく葬られた不憫な命を想い、涙する女。
 千賀谷家のこととなると、とたんに言葉の端々にトゲを含む女。
 二百もの赤子を殺めたとされ、鬼子母神殺人事件の犯人と目されている女。

 ときにすがるような目を向けてきたかとおもえば、ときに挑発的な態度となり、しなをつくっては甘え、声に媚びが滲む。かとおもえば少女のような無邪気な笑みを零す。
 聖女のような慈悲の心と無垢な涙を流す一方で、どうしようもなく男の劣情を刺激する瞬間がある。
 ときどきでガラリと印象が変わる。まるでその都度、中身が入れ替わっているのか、あるいは仮面を付け替えているかのように。

 ひさしく異性とまともに接していない駐在は、これがとても奇異なようにも感じ、また女性とはもとからそういった側面を持つとも考えられ、どうにもまともか否かの判断がつかない。
 駐在はたずねた。

「……では、千賀谷家が羅漢塚の由来を知っていて、わざと周囲には知らぬ存ぜぬを通していたと?」

 そうしたら女はやや首を傾げての艶っぽい流し目。

「ええ、その通りですわ。なにせあれは千賀谷家が、この和良簾村が犯してきた罪の証なのですから」
「村ぐるみの犯罪だと? それはいったい……」

 ごくりと喉を鳴らした駐在。
 しかし女は続きをなかなか口にはせずに、こんなことを言い出す。

「おや、駐在さんはおかしいと思いませんでしたか? ここの町並みや、分不相応に豪華な屋敷のことなんぞを」

 なにやらはぐらかされたような気になって駐在がムッとする。

「それはかつて林業と養蚕業が盛んで景気が良かった時期があったからでは」

 たちまち女の口元がにぃと歪む。

「ふふふ、いやですよ、駐在さん。本気でそんなことを仰っているんですか? そんなのここに限らず、ちょっと山奥の地ならばどこでもやっていましたよ。この村よりもずっともっとまじめに、真摯にね」
「ということは、あれも嘘なのか」
「はい。ここの主なたつきはべつにありました。それは……」

 ここでいったん言葉を切った女。
 まるで駐在を焦らすかのように、たっぷり間をとってから言った。

「子殺し、ここは間引きの地だったのですよ」と。


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