秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

文字の大きさ
上 下
32 / 57

其の三十二 荼毘

しおりを挟む
 
 すっかり骨と皮ばかり。
 目元が木の洞のように落ちくぼんでいるのに、奥で眼球だけが異様な光を宿しては、周囲をぎょろり、せわしなく動く。
 手は絶えず小刻みに震えていた。全身が激しい痙攣に襲われることもしばしば。
 歯茎からやたらと出血しているとおもったら、咳き込んだひょうしに血泡とともに口から零れたのは、根元から抜けた歯。
 黄ばんだ歯がぽろぽろと、ぽろぽろと抜けていく。
 いくらダメだと注意しても、頭をかきむしるのをやめない。
 そのたびにごっそり抜ける白髪。かつては椿油で保たれてあったやわらかなソレも、いまや豚の毛のように固くごわごわに。肌もかきむしるので生傷が絶えず。そんな肌はところどころが赤黒く変色してはまだら模様にて、食せばきっと悶え死ぬ毒茸のよう。

 生きながらに醜い木乃伊となっていった老女。

「ひゅう」

 病床にて天井をにらみ、乾いた息を吐いたとおもったら、血の混じった糞尿を垂れ流し、それきり静かになった。

  ◇

 尋常ではない不審な最期。
 だから女は旦那さまに訴えた。

「こんなのおかしい! まともじゃないです。病気にしたって、こんな、こんなのって」

 警察に届けるなり、医者に調べてもらうなりすれば、きっとなんらかの障りが発見されるはず。
 けれども旦那さまは沈痛な面持ちにて首を横に振る。

「だめだよ。いまはとにかくまずい。この前のこともある。下手に警察なんぞを呼んだら、どうなることか」

 緒方野枝の死に前後して、どこからともなく寝所に持ち込まれた漆塗りの箱。
 誰の仕業にて、真意はいまもってわかっていないが、旦那さまはあれを一種の脅しと判断した。
 請われるままに、これまで大勢にこっくりさんをして、視てきた女。
 相談内容は多岐に渡っており、なかには口にするのもはばかられるような話もたくさんある。
 秘密の漏洩を危惧する者が、もしも店に警察関係者が出入りしていることを知れば、どう考えるのかなんてことは容易に想像がつく。
 やましいことがある人間ほどすぐに疑心暗鬼に囚われる。
 一度目が警告だとすれば、二度目は?

「それにうちは憑き物筋だ。ただでさえ裏では敬遠されうとまれているのに、こんなことを表沙汰にすれば……」

 もしもこれが女の身の上に起きたことであれば、旦那さまはすべてを投げうってでも原因を究明しようとしたであろう。いや、きっとしたはず。
 だが死んだのは老女。
 旦那さまにとっては他人に等しく、守るべき優先順位はかなり低い。
 代々受け継がれてきた大店や愛する妻と、どちらが大切なのかなんていちいち秤にかけるまでもない。

 結局、老女は病死として処理される。
 すっかり縮んで軽くなっていた骸は荼毘にふす。
 葬儀は身内のみにてしめやかに執り行われた。

  ◇

 葬儀を終えたあと。
 位牌を膝の上にのせて、離れの縁側で女がぼんやりと月を眺めていたら、いつのまにやら背後に立っていた旦那さま。

「今夜は少し風が冷たい。これを」

 そっと上着を女の肩に羽織らせる。
 布地がほんのり温かい。いままで旦那さまが身に着けていたものなのだろう。
 自分を包む生の温もり、それが身に染みれば染みるほどに、膝の上にて物言わぬ位牌の冷たさが際立つ。
 どうにも物悲しくなってしまった女。つーっと頬を涙が伝って、ぽとりと位牌の上に落ちた。

 そんな女の耳元で旦那さまが穏やかな声音でいった。

「例の箱の中身もあの人といっしょに弔った。ひとりならば寂しかろうが、ふたりでの道行きならばきっと迷うこともないだろう」

 はっとする女。女が悲嘆するばかりであったのに、旦那さまは不憫なあの子のことまでちゃんと気にかけていたと知って、とたんに情けなくなってしまった。

「すみません。私は自分のことばかりにかまけて……」

 肩をすぼめて恥じ入る女に、旦那さまは微笑む。

「いいんだよ。おまえはそれで。無理をすることはない。しっかり泣いて、悲しんで、別れを惜しんで、あせらずゆっくり自分の中で納得しなさい」

 優しい言葉に女がどれだけ救われたことか。
 なのに旦那さまときたら「今回のことは本当にすまなかったね。どうか堪忍しておくれ」と頭まで下げたもので、これにはかえって女の方があわててしまった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

バベルの塔の上で

三石成
ホラー
 一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。  友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。  その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

煩い人

星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。 「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。 彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。 それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。 彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが…… (全7話) ※タイトルは「わずらいびと」と読みます ※カクヨムでも掲載しています

処理中です...