秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

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其の二十二 偽書

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 女と旦那さまの平穏はあまり長くは続かなかった。
 すっかり来客が失せても、女のもとを熱心に日参し続けていた三人の元友人たち。

 あるとき、緒方野枝がひとりの恰幅のいい人物をつれてきた。かすかに海の香りを漂わしている御仁。
 その男は漁業関係では知られた大物にて、少し前から彼女のところをご贔屓にして下さっていたんだとか。
 旦那さまも繋がりこそはなかったが名前は知っていたもので、いつになくそわそわ。
 そして女は別の意味で落ちつきを失っていた。
 なぜなら緒方野枝が連れてきた男が、女の提示した品を持参していたから。

『荷車いっぱいの米俵に牛の首みっつ』

 いまの食糧事情をかんがみれば、これは非常に厳しい条件。牛の首については完全に悪ふざけ。旦那さまが蔵の古書にて、「たしか牛の首を呪術で使う」という話をどこぞで読んだというのを、女が「いかにもそれっぽい」という理由だけで採用したものであった。
 だというのに、この男はやすやすと用意してきた。それだけの財力と権力を持っている証左。
 そんな男から「さぁ、ではお願いしようか」と凄まれては、女にこれを拒むことなんぞはできなかった。

  ◇

 緒方野枝が客を連れてきたと知るなり、まるでこれに対抗するかのようにして平林環と影山秀子もどこぞより上客を見つけてきては、これを連れてくる。
 まるで飼い主のところに捕ったネズミやゴキブリをくわえてきては、「さぁ、褒めろ」と言わんばかりに得意げになる猫のよう。
 おそらくだが三人の女たちは、よかれと思って忠勤に励んでいるつもり。
 だが女にとってはありがた迷惑以外のなにものでもない。

 次々と無理難題を用意しても、それを上回る者があらわれる。
 そして相談相手の立場が上がるほどに、持ち込まれる案件の闇が濃くなっていく。
 重大な秘密の数々。不本意ながらそのいったんを握ることになった女は気が気ではない。

「どうしましょう、旦那さま。このままでは遠からず、とんでもない災いを招いてしまうやも」

 古来より知り過ぎた者が辿る末路は悲惨と相場が決まっている。
 女はそれを憂いている。

「そうだな。だがいまさらかぐや姫を止めるわけにもいくまい。どれ、ちょっと待っておいで」

 旦那さまが向かったのは、いわくつきの品が多数納められてある蔵。
 そこで書物が集められてある行李を漁り、引っ張りだしてきたのが一冊の書物。
 立派な装丁のぶ厚い本は、西洋の魔術の書。
 とはいえ、それはあくまで見た目だけ。
 やれ錬金術で黄金を産み出す方法だの、意中の相手を思いのままにする惚れ薬の製造法、賢者の石の創造、自在に運を操る数秘術の極意、悪魔を呼び出すミサのやり方などなどが、もっともらしく書かれてあるが、内容は適当のいんちきだらけ。
 偽書である。

 西欧にて王侯貴族が金と暇を持て余していた時代には、この手のいかがわしい知識が、ひそかにやんごとなき身分の女性たちの間で流行していたんだそうな。
 ある女性は魔術に永遠の美を求め、またある女性は魔術に真実の愛を託す。
 もっとも、恋のおまじない程度ですんでいるうちはかわいかったのだが、のめり込むあまり魔女の集会に参加したり、悪魔崇拝に傾倒したり、呪いや毒に魅了されたり、生贄を捧げる血のミサを執り行ったりする者もいたというから、困ったもの。
 なかには美貌を保つためと、夜な夜な若い娘を殺しては、その血を溜めた風呂に浸かって悦にひたっていた伯爵夫人もいたというのだから、おそろしい。

 そんな時代の遺物ともいえる偽書を持ち出してきた旦那さま。
 ぺらぺらと頁をめくりながら熱心に眺めつつ言うことには。

「よくよく考えてみたら、国内で手に入る物を提示していたのが失敗のもと。かぐや姫だって遠い異国の宝物をとってこいって言っていたのに。だから今度はこの中から適当に選ぼう。いまのご時世、きっとすぐにはどうこうできまいよ。そうなれば自然とお役御免さ。どれ、できるだけややこしいのが望ましいのだが……」

 なるほどと納得した女。
 旦那さまと肩寄せあっていっしょに本をのぞき込む。しかしミミズがのたくったような文字がずらりにて、ちんぷんかんぷん。
 しかし大学を出たという旦那さまは異国の言葉もある程度読めるらしく、フムフム独りごちている。
 その様子に女は感心しきりであった。


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