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其の十二 幕間 腹の虫
しおりを挟む駐在はイライラしていた。
稀代の悪女と目される犯人を前にして、いざ勇んで事情聴取をはじめてみたものの、ちっとも話が進まない。
せっせと鉛筆を動かしては筆記帳の紙面を埋めていくも、文字を書き連ねながら「はたしてこれに意味はあるのか?」と首をひねるような内容ばかり。
女性の話はまとまりがなく、あちらこちらに枝をのばし、とかく長くなりがちだということは知っていたが、よもやこれほどとはおもわなかった。
かれこれ一時間以上も女の話に付き合っている。だが、ちっとも話が事件関連へとのびていかない。
いっそのこと横槍を入れて「とっとと核心を述べよ」と催促すべきか。
けれども饒舌に話しているところに水を差したら、せっかくの流れが止まってしまうかもしれない。女が口を閉ざしたらそれまでだ。
自分に女の供述をたくみに引き出すような話術はない。
だからとて今どきの警察は暴力ありきの強引な取り調べは御法度。ゆえに女の機嫌を損ねるのは得策ではない。
なんぞと考えていた駐在、ふいに「ぐう」と腹の虫が鳴った。
それで思い出した。自分がまだ夕飯を食べていなかったということを。どおりでやたらとイライラするはずだ。
昼に茶漬けをかっこんでから、白湯とお茶以外は何も口にしていない。
女とて何も言わないが、腹が減っているはずだ。
そこで駐在は「いったん休憩にしよう。その様子じゃあ、晩飯もまだだろう? すぐに何か用意する」と告げて筆記帳をパタンと閉じた。
◇
女を縄で縛るなり、手錠でもかけるべきかと悩むも、駐在はそのまま執務室のストーブの前に置いておくことにする。拘束はしない。
まだ女が本当に鬼子母神殺人事件の犯人なのかはわからない。自分でそう言っているだけのこと。せいぜい容疑者未満といったところ。
なにより女に抵抗する素振りもなければ、外はあいにくの嵐。和良簾村は僻地にて、どこにも逃げ場なんぞはない。よしんば女が豹変して襲われたとて、油断さえしていなければ取り押さえる自信がある。
だから女をひとり残し、駐在は台所へと向かったのだが……。
「むっ、いかん。よくよく考えてみれば、ろくすっぽ料理なんぞできんぞ」
気軽な独り暮らしだからと横着をして、腹さえ膨らめばいいやと適当にすませてきた。
さすがに飯は焚けるようになったが、たまに焦がす。
魚の干物はあいにくと切らしている。あったとてこれまたたまに焦がす。
食材をまとめてある棚を漁る。
味噌はまだ残っている、しかし野菜は大根とごぼうに芋ぐらいしかない。葱なら駐在所の裏手に生えているが、この天気では採りに行けない。
「あとは沢庵に卵が二個、それから乾パンとクジラの缶詰に……、これは小魚のオイル漬けか。まいったな、どうしよう」
男ひとりならば充分だが、女にふるまうとなると困ってしまう。
とりあえず飯だけでも焚く準備をして、そいつが出来上がるまでに何かちゃちゃっと。
駐在がそんなことを考え包丁片手に棒立ちをしていると、「あのう」とおずおず声をかけてきたのは女。明らかに武骨で不器用そうな駐在の困窮ぶりを見かねて「私がやりましょうか」と言い出した。
◇
トン、トン、トン、トン、トン……。
軽快に野菜を切る音。
かたわらでは米を焚く釜の蓋が、ぷくぷく泡を垂らしている。
手際よく材料を切りそろえ、それらを鍋に投入し、作っているのは具だくさんの味噌汁。
それと平行してきんぴらごぼうも仕上げている。
台所に立つうしろ姿をぼんやり眺めながら、駐在がその手際の良さに「うまいものだなぁ」と感心していたら、女がくすり。
「いやですよ、からかわないでください、駐在さん。この程度でしたら、世の奥さま方ならば、みな出来ますから。でも誰かのために料理をするのはひさしぶりですね。なつかしい」
「なつかしい? 旦那さまとやらには作らなかったのか」
「ええ、あいにくと。調理場に立つ機会はとんとありませんでしたから」
「そのわりにはずいぶんと達者にみえるが」
「それは……置屋でお世話になったときにお母さんに仕込まれましたから」
「置屋? 芸者になるのに料理なんぞ習うのか。三味線や踊りの稽古ばかりするものかと思っていたんだが」
「いえいえ、まずは下働きにて家のことやら、お姉さん方の身の回りのお世話をすることで、いろいろと覚えるんです。そこから行儀作法などをみっちりしごかれて、ようやく芸事ですかね」
「ほぅ、そいつはたいへんだなぁ」
「まぁ、たしかにたいへんでした。私はとくにぼんやりとした性質でしたから。本当に覚えることが多くて。でもおかげさまで、この通り。いまとなっては感謝してもしきれませんよ」
いいながらきんぴらの鍋を菜箸でかきまぜる女。
とたんにごま油のいい香りが、ぷんと漂ってきて、駐在の腹が「ぐぅ」と鳴る。
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