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其の十 贅沢な幽閉
しおりを挟む旦那さまは迎え入れた女を、それはそれは大切に扱った。
なにせ狐狗狸さんの導きにより得た、待望の嫁であったからだ。
上げ膳据え膳どころか、それこそ生き神さまでも崇めるかのよう。
ゆえに女が「ちょっと庭のお掃除でも」とほうきを手にすれば、たちまち側仕えの女給が「わたくしめがやりますので」と取りあげられてしまう。
ならば店の仕事でなんぞ手伝えることでもないかと旦那さまにたずねれば、「いいよ、いいよ、おまえは奥でのんびりしておいでなさい」と言われてしまう。
とどのつまり、することがない。
芸者をしていた頃は、何かと周囲から用事をいいつけられる立場であったのが、一変してしまった。
かといって急に他人に向かってあれこれとえらそうに指図をするような性質でなし。
日がな一日を、与えられた奥の離れで過ごすばかり。
贅沢な幽閉のような生活。
「昔のお姫さまの生活とかって、こんなのだったのかしらん」
女は首をかしげつつもしようがないので、かつての商売道具である三味線をとりだしてはぴろんぽろんと奏でたり、道具の手入れをしたり。他にも屋敷の方々に飾られてある掛け軸やら陶器などの骨董類をしげしげと眺めたり、または書庫にある読み物を適当に摘まんでは慰みとしていた。
緩慢と退屈。
やたらと時間の経つのが遅く感じる日々。
忙しすぎるのも困るが、こうも暇すぎるのも困りもの。
輿入れしてから半年ほどは黙ってこの生活を甘受していたが、ついに女は根をあげた。
「旦那さま、私、このままでは体のあちこちにカビが生えてしまいそうですわ」
女から大真面目な顔をしてそう言われた旦那さまは少々困り顔。
いろいろと好きにはさせている。不自由をさせるつもりはない。
とはいえこんな世の中なので、さすがに外で派手に気晴らしをとはなかなか。いっそ田舎の土地に疎開させて、羽根をのばさせようかとも考えたが、新妻をひとり他所にやるのは亭主としてあまり好ましくない。なにせ彼女は我が家の命運を担う手中の珠なのだから。
だからこそどうしても家の奥だけで済むようにと、あれこれ揃えていたのが……。
「わかった、わかった。おまえがカビだらけになるのは困るよ。で、どうしたらいいんだい?」
いったい女は何を言い出すのか。
内心でドキドキしながら待っていた旦那さま。
すると女がもじもじしながら「私、話し相手がほしい、です」と言ったもので、おもわず目が点となる。遅まきながら、どうして女がそんなことを言い出したのかという理由についても合点がいって「あっ!」
店主がことのほか大切にしている奥方。
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これにより誰も彼もが奥方より一歩も二歩も距離をとり、腫れ物に触るかのようにして接するようになる。
結果として、女は自分の旦那さま以外とは、ほとんど言葉を交わすこともなくなってしまった。
そんな旦那さまは朝から晩まで忙しく立ち回っているときては……。
衣食住を整えれば、それで問題ないと考えていた。もしも女がおっとりした性質でなければ、もっと早くに逃げ出していたのかもしれない。むしろよくもまぁ、半年も我慢できたもの。
自身の浅慮を恥じた旦那さま。
「すまなかったね。こいつはとんだ片手落ちだ。わかったよ。すぐに手配するから、少し待っておくれ」
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