秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

文字の大きさ
上 下
10 / 57

其の十 贅沢な幽閉

しおりを挟む
 
 旦那さまは迎え入れた女を、それはそれは大切に扱った。
 なにせ狐狗狸さんの導きにより得た、待望の嫁であったからだ。
 上げ膳据え膳どころか、それこそ生き神さまでも崇めるかのよう。
 ゆえに女が「ちょっと庭のお掃除でも」とほうきを手にすれば、たちまち側仕えの女給が「わたくしめがやりますので」と取りあげられてしまう。
 ならば店の仕事でなんぞ手伝えることでもないかと旦那さまにたずねれば、「いいよ、いいよ、おまえは奥でのんびりしておいでなさい」と言われてしまう。

 とどのつまり、することがない。
 芸者をしていた頃は、何かと周囲から用事をいいつけられる立場であったのが、一変してしまった。
 かといって急に他人に向かってあれこれとえらそうに指図をするような性質でなし。

 日がな一日を、与えられた奥の離れで過ごすばかり。
 贅沢な幽閉のような生活。

「昔のお姫さまの生活とかって、こんなのだったのかしらん」

 女は首をかしげつつもしようがないので、かつての商売道具である三味線をとりだしてはぴろんぽろんと奏でたり、道具の手入れをしたり。他にも屋敷の方々に飾られてある掛け軸やら陶器などの骨董類をしげしげと眺めたり、または書庫にある読み物を適当に摘まんでは慰みとしていた。

 緩慢と退屈。
 やたらと時間の経つのが遅く感じる日々。
 忙しすぎるのも困るが、こうも暇すぎるのも困りもの。
 輿入れしてから半年ほどは黙ってこの生活を甘受していたが、ついに女は根をあげた。

「旦那さま、私、このままでは体のあちこちにカビが生えてしまいそうですわ」

 女から大真面目な顔をしてそう言われた旦那さまは少々困り顔。
 いろいろと好きにはさせている。不自由をさせるつもりはない。
 とはいえこんな世の中なので、さすがに外で派手に気晴らしをとはなかなか。いっそ田舎の土地に疎開させて、羽根をのばさせようかとも考えたが、新妻をひとり他所にやるのは亭主としてあまり好ましくない。なにせ彼女は我が家の命運を担う手中の珠なのだから。
 だからこそどうしても家の奥だけで済むようにと、あれこれ揃えていたのが……。

「わかった、わかった。おまえがカビだらけになるのは困るよ。で、どうしたらいいんだい?」

 いったい女は何を言い出すのか。
 内心でドキドキしながら待っていた旦那さま。
 すると女がもじもじしながら「私、話し相手がほしい、です」と言ったもので、おもわず目が点となる。遅まきながら、どうして女がそんなことを言い出したのかという理由についても合点がいって「あっ!」

 店主がことのほか大切にしている奥方。
 従業員たちからしてみれば、うっかり粗相を働けばどんなお叱りを受けるかわかったものじゃない。いまどきここほど待遇のいい職場なんぞはない。だから絶対に勘気をこうむって追い出されたくない。
 その一心により、店主が奥方に接する以上に、恭しく接するばかりの従業員たち。それは奥向きの仕事を任せている女給らも同様であった。
 これにより誰も彼もが奥方より一歩も二歩も距離をとり、腫れ物に触るかのようにして接するようになる。
 結果として、女は自分の旦那さま以外とは、ほとんど言葉を交わすこともなくなってしまった。
 そんな旦那さまは朝から晩まで忙しく立ち回っているときては……。

 衣食住を整えれば、それで問題ないと考えていた。もしも女がおっとりした性質でなければ、もっと早くに逃げ出していたのかもしれない。むしろよくもまぁ、半年も我慢できたもの。
 自身の浅慮を恥じた旦那さま。

「すまなかったね。こいつはとんだ片手落ちだ。わかったよ。すぐに手配するから、少し待っておくれ」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

ルール

新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。 その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。 主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。 その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。 □第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□ ※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。 ※結構グロいです。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。 ©2022 新菜いに

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

バベルの塔の上で

三石成
ホラー
 一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。  友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。  その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

煩い人

星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。 「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。 彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。 それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。 彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが…… (全7話) ※タイトルは「わずらいびと」と読みます ※カクヨムでも掲載しています

処理中です...