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うそつきはだぁれ?
しおりを挟む二千人もの赤ん坊を殺めたとされる魔女が捕まった。
女の取調べを担当することになった男は、義憤に燃えてこの仕事に取り組む。
だが取調べ室の中で、背中を丸めて縮こまっている女の姿を見たとたんに、まるで肩透かしを食らったかのような印象を受ける。
なぜなら男の目の前にいる女は、とても夜な夜な狂気の儀式を繰り返していた魔女と呼ばれるにはあまりにも……。
あまりにもどこにでもいる、普通の主婦にしか見えなかったからである。
だがその理由は取り調べが進むごとに次第に明らかとなる。
「私の夫は小さな宝石商を営んでおり、それなりに裕福で、
日々の暮らしに困ることもなく、幸せな毎日を送っておりました」
女は淡々と語る。
夫の商売は順調で、お店だけでなく奥の方にも人を雇う余裕もあり、おかげで自分は何不自由なく暮らせていた。
だが家事まで他人任せな生活は普通の主婦にとっては時間を持て余すこととなり、手慰みから女はタロットカードを用いる占いを趣味で始めるようになる。
初めのうちは、ほんの軽い暇つぶしであった。
けれどもお茶を飲みに集まった主婦仲間たちの前で、彼女たちにせがまれて占いを披露したことにより、女の運命は狂いだす。
それは本当に偶然であった。たまたま占いが大当たり。
するとそれが主婦仲間の間で評判となり、次々と彼女のもとへ悩める女たちが姿をあらわすようになる。
誰それの紹介だからとか、なになにさんの友人だからと名乗られたら、おいそれと断るわけにもいかず。
ついズルズルと、求められるがままに女は占いを続けた。
評判を聞きつけた中には、何某婦人とか伯爵家や侯爵さまのご令嬢まで混ざっており、ついには宮廷のやんごとなき身分の方にまで、占いを請われるようになってしまう。
そして訪れる人が増えるほどに、また訪れる人たちの身分が高くなるほどに、求められるモノもドンドンとエスカレートしていく。
その内容は漆黒の度合いを増すばかり。
初めのうちはかわいい恋占い程度だったのに、いつしか意中の相手を落とす媚薬、憎い相手を呪う儀式、邪魔な存在を消す毒薬、果ては不義密通で出来た赤ん坊を堕胎する方法まで相談されるようになる。
女は恐怖する。
表向きは上品でおしとやかな淑女たちが、裏では身の毛もよだつような残酷な話を、平然と自分の前では語るのだから。
それはとても恐ろしいことだった。
しかも高い身分の相手の秘密となると、うっかりだれかに漏らすわけにもいかず、たとえ夫であろうとも話すこともできない。
こうして女はすべての秘密を自分一人の中で抱え込むこととなる。
女は苦悩する。
元々は手慰みでタロットカードを嗜む程度の自分が、いつの頃からかこのような恐ろしい相談を持ちかけられるようになってしまった。
かといって適当なことで取り繕って、それが露見した場合には、自分がどのような恐ろしい目に会わされるのかわかったものではない。
それでも女はわずかな抵抗を試みたこともあった。
無理難題を吹っかけてくる相手に女は、こう答えたのだ。
「儀式を行うには特別な道具が必要で、それはそれは高価なだけでなく、
なかなか手に入らない貴重な品をそろえないと。ですからおいそれとは」
ハシバミの木でこしらえた魔法の杖。
月の明かりの下で打たれた銀の剣。
悪魔に差し出す大量の金塊。
ユニコーンのツノ。
天使の羽。
赤子や処女の血……。
女は手持ちの魔術の本に載ってあった品々を適当に並べ立てることで、無理難題には無理難題を吹っかけて、やんわりと相手に邪まな願いを諦めさせるつもりであった。
この作戦は初めのうちは功を奏した。
品々を用意出来ずにおとなしく諦めてくれる依頼人たち。
だが、ほっとしたのもつかの間、事態はとんでもない方向へと動き出す。
女が提示した無理難題をあっさりとクリアする依頼人があらわれだしたのだ。
品々の真偽のいかんにかかわらず、無理難題をなんとでもできる身分の人たち。
そんな者が自分を頼って、それはそれは恐ろしい相談を持ちかけてくるのだ。
こうなるともはや適当に誤魔化すわけにもいかず、女は書物を頼りにヘンテコな呪文を唱えながら、それっぽい儀式を実際に行う羽目となる。
だがそれっぽい儀式は、穢れた瞳には充分にそれっぽく映り、ウソは真実味を帯びて一層、女を追い詰めることとなった。
女の意思に反して増え続ける依頼。
人の欲望は尽きることがない。
そして需要が供給を上回るとき、更なる受難が女を襲う。
黒魔術の儀式には血がつきもので、これまでは死んだ子供や堕胎された赤子の血などで、儀式を執り行っていた。
※穢れた獣や大人よりも赤子や処女の血がよいと、参考にした魔術の本に書かれてあったので、女はこれらを使用していた。
血の量が絶対的に不足するようになる。
だが依頼は引きも切らない。
女はこれを口実に次々と増え続ける依頼を断ろうとしたのだが、すると恐ろしいことが起きた。
裕福な依頼人たちは、己の財力と権力を駆使して赤子を買い漁ったり、ときには誘拐するようにまでなり、そうまでして女の前に血を差し出すようになる。
赤ん坊の柔肌にナイフを突き立てながら「これでお願い」と迫る依頼人たち。
その光景はまさしく狂気の沙汰であった。
だがいくら多少の無理が通る立場の人間とはいえ、そんな非道がまかり通るわけもなく、頻発する赤子の誘拐事件の捜査へと乗り出した当局の手によって、やがて女は逮捕されることとなった。
二千人もの赤ん坊を殺めたとされる魔女として……。
◇
女は己が内に溜まったものをすべて吐き出し語り終えた。
いつの間にか取り調べ室には、夕日が差し込み室内は朱に染まっていた。
夕闇に紛れつつあるその影の奥から女の声が響く。
「神に誓って申しますが、私は一度たりとも自らの手で、
生きた赤ん坊を手にかけたことはございません。
それだけはどうか、どうか信じて下さいませ」
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