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049 出立、失態、乙女風になる
しおりを挟むわたしがこっそりつけていた日記。
稲荷の眷属である三尾の灰色子ギツネの生駒。彼女に見込まれて相棒になってからの活動記録をノートにつづったもの。
これをわかりやすく再編集、清書した上で、ラストに「この物語はフィクションです」との一文を添えたものを提出することで、霧山くんの疑問に答える所存。
やれ稲荷がどうとか、複雑にからんだえにしがこうとか、クドクド説明したところで頭がおかしくなったのかと思われるだけ。
ならばいっそのこと準創作物でドロンと煙にまいてしまえ。
との生駒のアイデア。
ウソはついていない。ただし、信じるかどうかは霧山くん次第。
あまり口が達者な方ではないけれども、筆の方はそこそこイケてるらしい自分にはもってこいの方法。
そう考えて安易に飛びついたんだけど……。
甘かった。
いざ取り組んでみると、これがとってもたいへん!
まず実名の部分はすべてイニシャルなどに変更しなければならない。
土地やら個人を特定されるであろう箇所をすべて洗い出し、ちがう表現に差し替える。
フィクションはフィクションとして気をつかい、ノンフィクションはノンフィクションゆえに細かな配慮が必要。
実際に体験したわたしにすればすべて現実のこと。
けれどもこの文章を読む人にとってはあいまいな幻想。
全体としての整合性を持たせるための作業が、ともすればその場しのぎのつじつま合わせになる。適当な言い訳になる。ヘタクソなつぎはぎになる。
文脈の前後を通して眺め比較しないとわからないことも多く、三歩進んでは二歩下がるのくり返し。
なによりもたいへんなのが、他人に読ませることを前提にした改稿。
わたしはこれまで誰かにみせる文章なんて、学校の作文ぐらいしか書いたことがない。
とにかく勝手がわからない。
手探り状態にて遅々として進まない作業。
だというのに時間だけは容赦なくすぎてゆく。
書いては消して、消しては書いて、どうにか書き進められたと思ったら「そこ、字をまちがってるぞ」「うーん、ここがいまいちわかりにくい」「どうにも字面が滑るねえ」なんぞと生駒から指摘をされて、わたしはあわてて書き直し。
朝から晩まで部屋にこもっては、ひたすら机にかじりつく。
夜には精も根も尽きて、風呂上りにベッドで横になったとたんにバタンキュウ。
そんな生活を続けているうちに、ついにエックスデーを迎える。
◇
マンション「サンクレール」の駐車場につけられたトラックは、二トンと三トンタイプの二台。引っ越し業者のもの。
作業服姿の人たちが四階にある霧山宅からせっせと荷物を運び出しては、トラックへと積み込んでいく。
それを尻目に最後のお別れをしていたのが、真田くんや月野さんをはじめとした友人知人たち。霧山くんが所属していたサッカーチームのメンバーたちも大勢駆けつけており、キラキラ王子さまファンまで押しかけているから、現場はちょっとした壮行会場と化していた。
おかげで霧山くんは対応におおわらわ。
ゆっくりしんみり別れを惜しんでいる暇もありゃしない。
「たいへんそうだな、霧山のやつ」と真田くん。
「八方美人ここに極まるってところかしら。まぁ、自分でまいた種だからしようがないわよね」とは月野さん。
そうこうしているうちに、じきに荷物の積み込み作業が完了。
ブルンとアクセルをふかせ、ひと足先に出発した引っ越し業者のトラック。
少し遅れて霧山家のブルーの普通乗用車も発つことに。
お父さんがハンドルを握る自動車。助手席にはすでにお母さんの姿がある。
そこで後部座席へと乗り込もうしたところで、霧山くんが一度ふり返り、周囲をキョロキョロ。
わずかに表情を曇らせるも、彼はすぐに気をとり直して笑顔となり「みんなありがとう。元気で」と告げ、車内へ。
ゆっくりと走りはじめた自動車が駐車場を出て右折。
その姿が完全に見えなくなるのを一同は黙って見送る。
かくして丸橋小学校はキラキラ王子さまを失った。
◇
別れの余韻が夏の陽射しに溶けてゆく。
名残りはつきないけれども、いつまでもここにいてもしようがない。
集っていた面々がおもいおもいに散らばってゆく。
だから月野さんや真田くんたちもそろそろ引きあげようとしていた。
そんなタイミングにてバタバタ駐車場へと近づいてくる足音。
誰あろう、わたしこと奈佐原結衣である。
霧山くんへと渡すモロモロを朝方近くまでがんばったせいで、がっつり寝坊をするという痛恨のミス!
「どうして起こしてくれなかったのよ、生駒っ!」
「ごめん。深夜にテレビでやっていたホラー映画をつい最後まで観ちゃって。まさかシリーズ作品を一挙に二本も連続で放送するとは思わなかったんだよ」
胸元には膨らんだA4サイズの封筒を抱え、すっかり汗だくとなり、あわてて駆けつけたものの、すでに現場はごらんの通り。
あとの祭りにて、月野さんから「遅かったわね。霧山くんならもう行ったわよ」と告げられ、わたしは呆然。
そんなわたしを髪留めに化けている生駒が「大丈夫だよ、結。郵送するなり、紅葉路を使って直接届けるなりすればいいから」と慰めてくれる。
でも、そうじゃない。
そうじゃないんだっ!
転校するまでにちゃんと説明するという、霧山くんとの約束。
それをたがえてしまったことが問題なのだ。
たったそれだけのことなのかもしれない。ちょっと遅れるだけのこと。
やさしい霧山くんならばたぶん「しょうがないなぁ」と笑って許してくれるだろう。
しかし、たとえ一時にしろ彼を裏切ったということにはかわりない。
わたしの中の大切な何かが激しくグラグラしている。
抜けかけの乳歯みたいに頼りなく、不快でどうにも気持ち悪い。いっそ強引にひき抜いてしまえば楽なのだろうけど、それはダメだ。やってはいけない。そんな気がする。でも……。
自分でもわけがわからなくなる。
寝不足と暑さと酸欠のせいで、頭の中がぐちゃぐちゃになって考えがまとまらない。
なにやってんだろう……、わたし。
あまりの情けなさに涙がにじみ、景色が歪む。
でもその時。
キーッという激しいブレーキ音がすぐそばで鳴ったもので、わたしはビクリ。
音の正体は自転車にまたがった真田くん。
「はやくうしろに乗れ、奈佐原。いまならまだ間に合う。おれにまかせろ」
わたしをうしろに乗せたとたんに走りだした自転車。
真田くんがペダルをこぐほどに、グングン加速してゆく。
かとおもえば段差を踏んで車体がガタンと急に跳ねたせいで、わたしはあやうく落ちそうになった。
すると真田くんが「バカ、しっかりつかまってろ」と叱責。
だもんでついはずみで彼のシャツにしがみつく格好になってしまう。
さすがに腰に手をまわすほどの勇気はない。
でもこれはこれでかなり恥ずかしいんですけど……。
生まれ育った街。
遊び尽くしており、知らない場所はないと豪語する真田くん。
彼によれば、この時間、国道へと合流する付近は自然と渋滞を起こすそうな。霧山家の車は高速道路を利用するために必ず通るはずだから、そこで追いつくとのこと。
脇道、抜け道、えっ、そんなところまで? というような場所をシャーッと自転車で駆け抜ける。
男女の自転車二人乗り。
なんだか少女マンガや青春映画のワンシーンみたいで、ちょっとカッコイイかも。
とかぽわぽわ考えていたら、自転車がのぼり坂へと差し掛かったところで容赦なく「降りろ!」と言われた。
「えー、そこは根性で駆けあがってみせるのが男ってもんじゃないのぉ?」
「できるか! おれは競輪選手じゃねえんだぞ。うちの萌咲ぐらい小さいならばともかく、奈佐原じゃあ重すぎてムリだ」
「なっ!」
「ほら、ぐだぐだいわずにとっとと押せ。この坂を越えてショートカットをするんだから」
立ちこぎとなった真田くん。ダイナミックにペダルを踏む。
それをうしろから「えんやこら」と押すわたし。ヒイヒイ
そこそこ長い坂道。
のぼりきったところですかさず真田くんが「乗れ」
二人乗りの自転車が坂道をくだりはじめる。
たちまち周囲の景色が後方へと流れてゆき、わたしたちは風になった。
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