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044 仕込み、やらせ、過剰演出

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 たまに映画やドラマのワンシーンでこんなのがあるだろう。
 惚れあっている男と女。なんとなく意中の人のことを考えながら外をふらふらしていると、求める相手と意外なところでばったり遭遇。

「じつはわたしも」「じつはぼくも」

 みたいな感じでイチャコラするやつ。
 まったくもって甘々、ご都合主義にもほどがある。
 そんなこと現実にはありえない。
 なんぞと夢も希望もないことはいわない。すべては可能性の問題。確率はゼロではないのだ。
 ただ、かぎりなくゼロに近いだけのこと。
 この確率をグンとあげて実現するには、なにがしかの思い切った行動が必要となる。

 わたしと生駒は鈴の人こと伊藤高志の身柄を確保することに成功した。
 お次は白石沙耶である。
 彼女は下谷総合病院の眼科に通院しているのだが、十日に一度ぐらいの頻度。
 なのでタイミングが合わないとすれちがって、かなりの時間をロスすることなってしまう。
 これはイタい。ぐずぐずしている猶予はない。
 なにせ沙耶さんの目の手術を担当してくれるゴッドハンドのお医者さまが、じきに海外へと赴任することが決まっているのだから。
 鈴の人の後押しで、沙耶さんがせっかくその気になったとて間に合わないのでは意味がない。
 というわけで、ここは多少強引にでも話を進めることにわたしたちは決めた。
 まぁ、いまさらだけどね。

  ◇

 伊藤高志を悪漢どもから奪取したその足で、わたしたちが向かったのは沙耶さんのところ。
 けっこうな夜更けにて、すでに自室で休んでいた彼女。
 だというのに突如として覚醒、むくりと上半身を起こし「だれ?」ときたもんだ。
 これにはわたしの方がびっくり! ネコの身にてこっそり忍び込んだというのに、気配を察知された?
 目が不自由になったせいで他の感覚が研ぎ澄まされているのか、はたまたピアニスト志望ゆえに耳が優れているのか。
 どちらにしろバレてしまったのではしようがない。
 わたしは「なぁー」とひと鳴き。

「えっ、ネコちゃん? でもどうしてこんなところに……窓を閉め忘れたのかしら」

 目の見えない沙耶さん。深夜の自室にネコが紛れ込んでいることにおおいに戸惑う。
 さらに驚かすことになって恐縮なのだが、わたしは厳かな声音にてこう告げた。

「明日、温室に行け。さすればそなたの望みはかなうであろう」

 いかにも神さまのお告げっぽいこの台詞。
 考えたのは生駒である。
 生駒によれば「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。かといってあんまりわかりやすいのもダメ。小むずかしい言い回しで、相手の気づきをうながすさじ加減が肝心」とのこと。
 ようは「ひょっとして」とか「もしかしたら」なんぞと淡い期待をあおるのが目的。
 そうすれば、あとは勝手に自分で妄想を膨らませて動いてくれるはず。
 占い師とかがわりとよく使う手口。
 そう教えられて「へー」とわたしはたちまちジト目になったものである。
 とにもかくにも沙耶さんへの仕込みはこれにて完了。
 でもわたしにはまだやるべきことが残っている。
 とはいえさすがにもう限界、クタクタになってしまった。
 今夜はあまりにも内容が濃く、盛りだくさんであった。
 知りたくなかった裏社会。そのほんの一部を垣間見た衝撃たるや、わたしは生涯忘れないだろう。
 すっかりヘロヘロになったわたしはとぼとぼ帰路につく。
 あぁ、今宵の紅葉路はとくに赤が鮮明で美しい。

  ◇

 翌早朝。
 ところは下谷総合病院の屋上にある庭園の片隅、小さな祠の裏の繁みの中。
 夏の本番が近づいているせいか、朝からハトが「ホーホー」やかましい。
 そんな中でわたしがとり出したのは紙袋。家の押し入れの中にあったもの。大きさはスイカが丸々一個入るぐらい。たぶんお土産でもらったバウムクーヘンとかが入っていたやつだと思う。
 では、どうしてそんなシロモノをわざわざこんなところに持ち込んだのかというと、理由はこうだ。
 足下にてぐったりのびたままの伊藤高志。その頭にわたしは紙袋を逆さまにしてズボッとおっかぶせる。
 相手の視界を完全にふさいだところで、生駒が伊藤高志の首筋に毛針をブスリ。
 たちまち仮死状態を解かれた伊藤高志。「ぶはっ」と息を吹き返すも、視界はふさがれているもので「な、なんだこれは!」と大あわて。
 そりゃあそうだろう。倉庫にて軟禁、犯罪行為に加担させられていたと思ったら、いきなり影の中に引きずり込まれて、たちまち意識を失い、気がついたらこの状況……。混乱しない方がどうかしている。
 しかし騒がれるとめんどうなので、わたしは「だまれ」と背中を蹴飛ばす。
 ふだんのわたしでは考えられない乱暴狼藉。でも今朝のわたしは疲労と寝不足にてかなり機嫌が悪い。いささか気が立っている。それに早く用件をすませて学校に行かなければ遅刻してしまう。だからちゃっちゃと最後の仕上げにとりかかる。

「そのまま動かないで! あと紙袋もとらないこと! でないと命の保障はできないから」
「あっ、えっ、子どもなのか? なんで」

 伊藤高志、自分を蹴飛ばした相手が女の子だとわかって、ますます困惑。
 しかし言うにことかいて命の保障とか。
 自分で自分の発した言葉におもわず噴き出しそうになる。げんに髪留めに化けている生駒は「ぷぷぷ」と笑っているし。
 だが脅されている当の伊藤高志はすっかり固まってしまった。
 ずっと悪い人たちに監禁されてこき使わてきたせいで、精神がすっかり摩耗して状況を冷静に把握する余裕なんてとうに失せているのだろう。
 そんな彼をこれ以上ビビらせるのも気の毒なので、わたしは手短に昨夜あったことを語って聞かせる。もちろん都合の悪いところはバッサリカットして。
 盗品の解体工場に警察の手入れがあったことや、彼をその寸前に奪還したこと、悪漢どもが一網打尽になりもう安全だということなどをざっくり説明してから、肝心の用件を伝える。

「ここはあなたもよく知っている下谷総合病院。そしてあなたにして欲しいことはただ一つ。温室にて彼女に会うこと。
 あなたが鈴を渡したあの女性のことよ。じつは彼女、いまものすごーく悩んでいるの。目の回復手術を受けるべきかどうかで」
「彼女が? 治るのか。そうか、よかった……」

 友人のトラブルに巻き込まれ、悪党どもから酷使されて、身も心もズタボロになったあげくに、わけもわからずかっさらわれてきたというのに、それでもなお他人の身を案じることができる。
 伊藤高志という人物は少々お人好しがすぎるけれども、心根はやさしく、そしてとても強い人だ。わたしはそう思う。
 ゆえに沙耶さんもあれほど惹かれたのだろう。
 そしてだからこそわたしは彼を信じて後事を託すことにする。

「じゃあ、そういうことで。あとはよろしくね」

 言うなりわたしはドロンとネコ化け。そろりそろりとその場から遠ざかり、シュタッと物陰へ潜り込んだところで「もう、ソレ、とっていいよ」と告げた。
 その言葉に従って伊藤高志がおそるおそる紙袋をはずす。
 ぽかんとした表情はまるでキツネにつままれたかのよう。
 まぁ、その通りなんだけどね。クスクス。
 さてと、これにてすべての準備は整った。
 あとは仕上げをごろうじろ。でも残念なことにわたしはここまで。
 だってわたしには学校があるから。
 そこで見届け役は生駒にお願いする。

「あいよ、まかしておきな。それよりも結はうっかり居眠りなんかして、ヨーコ先生の手をわずらわせるんじゃないよ」

 いらぬお小言はさらりと受け流し、わたしはひとり学校へと向かった。


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