上 下
31 / 50

031 お嬢の独白、ネコの聞き役、伊達男

しおりを挟む
 
 月野の家は地元でも屈指の名家。
 古い血筋にて、もともと土地持ちではあったのだが、転機が訪れたのは祖母の代のとき。彼女が吟味に吟味を重ねて婿に迎えた祖父。
 銀行に勤めていた祖父はその才覚を買われての婿入りであったのが、存分に手腕を発揮して数々の事業を展開、月野家の地盤を盤石なものとする。
 そうやって活躍した祖父はやがて周囲から押される形にて市議となり、四期に渡って地方政治に尽力し、おおいに名声を馳せた。
 一方でそんな祖父の活躍を影から支え続けた祖母。
 彼女は家を守りつつ、祖父や一族の手綱をもしっかり掴んで離さなかった。
 口さがない者などは、祖母をして「月野の女帝」と呼ぶ。

 私こと月野愛理の大部分を作ったのは、そんな祖母であった。
 祖父より受け継いだ事業の数々。それらを統括し社長業に精を出している父。
 内科の開業医として駅前で医院をかまえて働いている母。
 ともにいそがしく、お世辞にも家庭と仕事を両立しているとはいえない。両親といっしょに出かけた記憶なんてほんの数えるほど。
 そのせいもあってか、私のかたわらにはいつも祖母がいた。
 祖母は自他ともに厳しい人であった。けっして孫を甘やかすようなタイプではない。むしろ孫のことを想えばいくらでも鬼の面をかぶれる人であった。
 小さい頃はただただ祖母が怖かった。名前を呼ばれるたびにビクビクしたものである。
 やがて祖母の真意に触れる機会を得てからは、恐れは尊敬に変わった。すべてが愛情の裏返しだと理解してからは、しつけが苦にならなくなった。むしろ周囲の期待に応えようと奮起した。月野家の女としてどこに出ても恥ずかしくない、祖母に褒められるようになろうとがんばった。
 でも、がんばればがんばるほどにおかしな現象が起きはじめ、私は困惑した。

 ピアノのレッスンをがんばった。
 はじめは先生も祖母も手放しで褒めてくれた。でもいつの間にか、「愛理ならこれぐらいできて当然」と言われるようになった。
 習字やお花、お茶に踊りなどのお稽古ごとでもそれは同じ。
 わたしは父や母によろこんでもらおうとがんばって、がんばって、がんばって……。
 みんなは「さすが」と口では褒めてくれる。でもそれと同時に「出来て当たり前」と目が言っていた。
 月野家の娘ならば当然、愛理なら簡単……、そんなことちっともないのに。
 私はがんばった。何度も何度も練習をして、うまく出来ないのが悔しくて泣くのなんてしょっちゅう。夢の中でうなされることさえもある。
 なのに誰も彼もが「さすが」のひと言ですます。
 成果をともなわない努力に意味はない。たしかにそうなのかもしれない。そういった考えは理解できる。だからとてすべてを割り切り受け入れられるほどに、私という人間の器は大きくない。
 自我を殺して目の前の課題を必死にこなすうちに、いつしか私はみんなが求める月野愛理という役を演じる人形になっていた。
 何ごとかを達成するのは楽しい。でもよろこびはほんの一瞬でかき消え、次にやってくるのはどうしようもない不安。「次もちゃんとやれるだろうか」と。
 走っても走ってもちっともゴールが見えてこない。まるで暗いトンネルの中を進んでいるかのよう。立ち止まったが最後、自分がどっちに向かって進んでいたのかわからなくなりそうで、わたしはひたすら走り続けるしかない。

 そんなある日のことだ。
 わたしは同類を見つけた。
 霧山雄彦、彼もまた周囲から押しつけられた期待やイメージにどうにかこたえようと足掻いていた。
 彼という人間のことを知ったとき、私は歓喜した。自分だけじゃなかったんだと。
 同じ苦悩を抱える者がいる。互いの境遇を心から理解できる存在がいる。私はひとりじゃない。それは月野愛理という人生に射し込んできた光明のように私の目には映った。
 以来、私はずっと霧山くんを見続けてきた。
 やがて成長するごとに、彼はより輝きを増していく。
 だが皮肉にもそれがより多くの者を惹きつけ、さらなる期待をあおる。それにこたえようとするほどに、彼はより暗い闇の深みへと落ちてゆく。
 自分と同じ。蟻地獄でもがく霧山くんの姿は、まるで私自身を映す鏡のよう。

  ◇

「私なら彼のことを誰よりも理解できる。彼ならば私の苦しみをわかってくれるはず。なのにあの子ばっかり……。どうして彼はちっとも私のことを見てくれないの?」

 公園の池のほとりにあるベンチにて、月野さんの独白。
 これをネコ化け状態のわたしは彼女の膝の上で聞かされていた。
 霧山くん真田くんと別れ一人泣いていた彼女。見かねて周囲をにゃあにゃあ。うろうろしていたら唐突に抱きしめられ、こうして想いのたけをぶつけられることになった次第。
 名門のお金持ちなだけでなく、誰もがうらやむ容姿にも恵まれた少女。
 彼女が抱える闇に触れてわたしが思ったのは、彼女が語ったように月野さんと霧山くんの二人はとてもよく似ているということ。
 霧山くんはずっと仮面をかぶって生きてきた。そしてそれは月野さんもまた同じ。
 さぞや苦しかったはずだ。さみしかったはずだ。つらかったはずだ。
 それゆえに月野さんは霧山くんに救いを求めた。
 でも一方で霧山くんはかたくなにそれに拒み続けている。
 同じ悩みや苦しみを持つからこそ助け合える。月野さんはそう考えたのだろうけど、たぶん霧山くんは逆だったんだ。自分と似たような人物を前にして、彼は嫌悪にも似た恐怖を感じたのだろう。
 この意識のズレが男女の性別に由来するのか、はたまた個人の資質によるものなのか、わたしにはわからない。わかったことといえば、これもまた悲しいすれちがいだということ。
 うーん。なにやらえにしがヘンテコにもつれている。でも鬼がらみにまではいたっていない。これならまだどうにかなるかも……。

 そんなことをぼんやり考えているうちに、またぞろ月野さんがポロポロ泣き出したものだから、わたしはあわてて慰めるのに徹する。
 とはいえネコの身なので出来ることといったら、体をこすりつけたり、ネコ撫で声を「にゃあ」としたり、ついペロリと頬を伝う涙を舐めたり。あっ、美少女の涙ってちょっと甘い。
 なんてことをしていたら、少し離れたところからこちらの様子をうかがっているトラ太郎たちの姿が!
 またぞろトリプルアタックをかましてくる気か。
 わたしが警戒をしていたら、そろりそろりと近づいてきたトラ太郎たち。そのまま背後を静かに通り過ぎていく。
 そして去り際にトラ太郎がぼそり。

「女の涙に水をさすほどおれは野暮じゃねえよ。またな、茜の君」

 空気を読んで颯爽と去るトラ太郎たち。
 くっ、なんという伊達男っぷり。
 不覚にもわたしはちょっとキュンときてしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

引き出しのモトちゃん

深瀬ミズ
絵本
子供が描いたような絵をイメージして作った緩い挿絵の絵本です。 アートに親しめるようにコラージュや、コンクリートポエトリー(眺める詩)も入れてます。 あらすじ: 主人公の女の子の机には秘密があった。女の子が最後に目にしたものとは… 子供の頃に現れるイマジナリーフレンドをテーマとした作品です。

水色オオカミのルク

月芝
児童書・童話
雷鳴とどろく、激しい雨がやんだ。 雲のあいだから光が差し込んでくる。 天から地上へとのびた光の筋が、まるで階段のよう。 するとその光の階段を、シュタシュタと風のような速さにて、駆け降りてくる何者かの姿が! それは冬の澄んだ青空のような色をしたオオカミの子どもでした。 天の国より地の国へと降り立った、水色オオカミのルク。 これは多くの出会いと別れ、ふしぎな冒険をくりかえし、成長して、やがて伝説となる一頭のオオカミの物語。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...