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030 刺身の切れはし、もめる三者、はぐれお嬢
しおりを挟むノラネコおそるべし!
街の地理に精通しているトラ太郎たちとの鬼ごっこは、想像を絶する死闘であった。
どこへ逃げても追っかけてくる。いきなり前方からあらわれたり、横道からひょっこり顔をみせたり、軒先からひらりと舞い降りたり、ときには停まっている車の下から「こんにちわ」されたり……。
あたふた逃げ惑うわたし。気分はさながらホラー映画のヒロインである。しかも少し前に流行した、やたらと活きのいいゾンビたちが駆けまわる系のっ!
トラ太郎たちのフットワークがとにかく軽い。以前にマンション「サンクレール」の駐車場でやった追いかけっことは動きがだんちがい。ぐぬぬ、彼らが本領を発揮するのは街という障害物だらけの広いフィールドだったんだ。
次第に追い詰められるわたし。
ついには商店街の路地裏の片隅へと追いやられる。
そこは袋小路にて逃げ場がない。もはやこれまでか。
諦めかけたとき、救世主があらわれた。
それは商店街にある寿司屋「鮨勝」のご店主。店の裏手にてタバコをくわえて一服していた角刈りの頑固一徹風オヤジ。わたしやトラ太郎たちの姿を見かけるなり「なんだおまえら、また来たのか。おや、今日は見かけねえキレイどころまでいやがる。ったく、しようのない連中だなぁ」とぶつぶつ言いながらも、刺身の切れはしがこんもりのったお皿を用意。
「ほらよ。これでも喰らいやがれ」
おいしそうな刺身の盛り合わせだ。切れはしとはいえちょっとした海鮮丼とかに使えそう。
これを前にして、まず黒白ぶちのトラ三郎が鬼ごっこより脱落した。
「いつもすみません。いただきます」
続いて艶のないボサボサ黒毛のトラ次郎も離脱。
「ずるいぞ、オレっちだって。大将、愛してるぜ。ごちになりやす」
相次ぐ義弟たちの裏切り。灰色の地に黒のトラ縞のトラ太郎は「おまえら!」と憤慨するも「まて、マグロの赤身を渡さんぞ」
街の片隅に生きるノラネコたちにとって、まず第一に大切なのは食料の確保。
おいしいモノが食べられる機会を前にすれば、ネコまっしぐら。色恋なんぞは二の次なのである。
おかげでわたしは助かったわけだけど、散々に追いかけ回されたあげくに放置って、ちょっとひどくない? なんだか納得いかねえ!
◇
刺身の切れはしに救われたメスネコ。
だがしかしこの言い知れぬ敗北感は何だろう。試合に勝って勝負に負けたみたいな……。うー、なんだかモヤモヤする。
わたしはうつむきながらトボトボ歩く。
そのうちに辿りついたのは丸橋小学校にほど近いところにある公園。
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その一角が騒がしい。
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「どうしてわからないの、霧山くん? あなたもわたしと同じなのに!」
「いい加減にしてくれ。いったいきみがぼくの何を知ってるっていうんだ!」
「おい、おまえら、そんなに熱くなるなって。ちょっと落ちつけよ」
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珍しく霧山くんが感情をあらわにして怒っている。
月野さんも凛々しいつり目をいっそうきつくして怒っている。
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そんな修羅場に遭遇してしまったわたしはぽかんとなってしまった。
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しばしの押し問答ののちに事態が動く。
自分の腕にすがりつく月野さん。これを霧山くんがふり払ったひょうしに、彼女が「きゃっ」と盛大に尻もちをついた。
一瞬、霧山くんが「しまった」と後悔の表情を浮かべるも、すぐに能面のような冷たい顔になったとおもったら、倒れた月野さんになんら声をかけることもなく、そのままスタスタと行ってしまった。
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先に我に返ったのは真田くん。
「おい、だいじょうぶか」
そう言ってへたりこんだままの月野さんに手を差し伸べるも、彼女はそれを拒んだ。
「わたしにかまわないで!」
般若の面もかくやという、ものすごい形相。
これには真田くんもひるんで、あわてて腕を引っ込める。「そうか、わかった」とつぶやき「おい、霧山、ちょっと待てよ」と逃げるようにしてその場をあとにした。
こうしてぽつんと一人残された月野さん。
「もう、やだ」
ぽろぽろと大粒の涙を流して泣き出したものだから、わたしはびっくり。
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