四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

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029 ネコ散歩、女友達、ふたたび逃走中

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 逃げれば追いかけたくなるの法則が発動。
 全力で逃げるわたしに、ついに追う方も本気になる。
 というか遠慮がなくなった。

「ちょっと待ちなさい」と月野さん。それにやや遅れてとり巻き四人がガヤガヤつき従う。
「奈佐原さん、きみに聞きたいことが」と霧山くん。身長があるので一歩が大きい。そしてサッカー部のエースなので足も速い。
「おい、おまえら、何やってんだ」とは真田くん。小柄ながら彼も足が速い。わたしを追いかけ回す六人を追う形にて参戦。

 廊下は走らない、という張り紙を尻目にわたしは疾走。
 中央階段に到達。スタートダッシュに成功したおかげでそこそこ後続を引き離せている。
 しかし個々の身体能力を考えればとても充分とはいえない。
 そこでちょっとお行儀が悪いけどわたしは手すりに座って、シャーッと階段を滑り降りる。まえに男子たちがやっているのを見ていたから試してみたけど、こりゃ楽しい。くせになりそう。ひゃっほう。
 ジグザグになっている階段を五階から一階までいっきに降りる。
 下駄箱にて素早く靴を履き替えたところで、わたしは昇降口から外へは出ずに、反対方向の第二校舎へと通じる渡り廊下の方へと向かう。
 月野さんたちだけならばともかく、このままだと霧山くんには校門近くで確実に追いつかれると判断したため。
 現在倉庫代りになっている小さな第二校舎。そこの裏にある繁みの奥には忘れられし祠がある。
 繁みに分け入ったところで祠に向かってランドセルを放り投げ、わたしもすかさずネコ化けを敢行。
 すると生駒が言っていた通りに一人でも問題なく化けられた!
 で、そのまま祠から紅葉路へと飛び込む。
 にゃーん。

  ◇

 夜陰に浮かぶ赤が美しい紅葉路。
 どうにか追っ手を振り切ってわたしは「やれやれ」とひと息つく。

「まさかこんな形で生駒からの宿題をこなすハメになるなんて」

 わたしはぶつぶつ文句を言いながら、とりあえずランドセルをうちの近所にある生駒の石の祠へと送る手続きをする。さすがにネコの姿じゃあランドセルは運べないから。
 この紅葉路ってば各地の祠同士を繋いでいるだけじゃなくって、指定した祠に荷物を届けてくれるからとっても便利なんだよねえ。
 闇の彼方へどこまでも続く真っ直ぐな道。その両脇に等間隔で並ぶ石灯篭。最寄りの灯篭にランドセルをたてかけ、「いの三番、灰、生駒」と唱えればドロンと荷物が消えて配送完了。

「これでよしっと。しかし何度見ても不思議な光景だ」

 あんまりにも不思議だから以前、生駒に仕組みをたずねてみたことがあるんだけど、「本当に知りたい? ねえ、本当に」とすごまれたから止めた。
 これはなんとなくなんだけど、たぶん紅葉路を徘徊している妖しい気配の同類がからんでいるような気がする。あれってば一度でも認識しちゃうとずっと見え続けるらしいから、知らない方がいいだろう。霊感少女とかにわたしはなりたくない。

 さてと、このあとどうするかな。
 このまま家に帰るのはちょっと芸がないよねえ。
 そう考えたわたしはネコ化けの術を磨くために、少し寄り道をして街をぶらつくことにした。

  ◇

 自分が住んでいる街をネコの姿でねり歩く。
 いつもは仕事がらみでの移動ばかりだったので、こうしてのんびりするのはなにげに初めてのこと。だからけっこう楽しい。
 とはいえ日中は人が多いし、道路には車がびゅんびゅん。あと自転車も怖い。エンジン音とかしないから、いきなり眼前をシャーッと横切られた時には本気で心臓が止まるかと思った。
 それにしてもネコの瞳を通して見ることでわかることもいろいろある。
 公園とか遊歩道とかに緑が多い。これはプラスポイント。でも通学路にもかかわらず出会いがしらでぶつかりそうな箇所が多いのはマイナスポイント。あと段差が多いのもダメだね。いちおうスロープらしきものを設けてあるけど角度が急すぎる。これだと車イスの人や買い物カートを使っているお年寄りはたいへんかも。とってつけたようなバリアフリーもどきとかいらないかな。中途半端なのは税金の無駄遣いだよ。
 などとぷんすかしつつ塀の上を歩いていたら、クラスメイトたちを見かけた。
 月野愛理のとり巻きの四人だ。

「どうする? 奈佐原も愛理もどっかいっちゃったみたいだし」
「っていうかさぁ、なんでうちらあの子を追いかけてたわけ」
「さぁ、おおかた愛理の嫉妬じゃないの。あの子ってば霧山のことになると見境がなくなるから」
「言えてる。でもチビ真田といい、急にどうしちゃったのかな。よりにもよって奈佐原って、ちょっとねえ?」

 くすくす笑いあう女子四人。
 気心の知れた女同士のプライベートの会話がえげつないことは、いまさらのこと。
 だからわたしは動じない。そもそも女の集団なんてひと皮むけばたいていこんなものだし。
 そんな四人なのだけれども、どうやら月野さんに命じられてしぶしぶ放課後の鬼ごっこに参加していたらしく、「もういいんじゃないの」「こんなもんでしょう」「つかれちゃったし、帰ろっか」「賛成」とぞろぞろ引き返してゆく。
 それを見送っているうちにわたしはふと不安になった。

「あれ? これってもしかして……」

 かつて体験したトラウマが鮮明に蘇る。
 それは幼稚園時代のこと。
 友達らとかくれんぼをしていたとき。
 我ながらうまいこと隠れたぞ、と得意になっていたらついウトウトしてしまった。
 そしてはっと気づいたときには誰もいなくなっていた。
 つまりは存在を忘れられて放置されたのである。
 あれは切ない。思い出すだけで胸の奥がズキズキして涙がじわり。
 さて、あの四人なのだが、ちゃんと月野さんに鬼ごっこを切りあげることを連絡するであろうか。うーん。さっきの態度からするとしなさそうである。
 だとすれば月野さんはひとり鬼ごっこを黙々と続けることになる。
 それはひとりかくれんぼと同等か、それ以上のダメージを心に負うことになるかもしれない。あまりにも不憫すぎる。あんな悲しい想いをするのはわたしだけでいい。
 心配になったわたしは四人組のあとをこっそりつける。
 そして結果は残念ながら案の定であった。
 だからわたしは月野さんの姿を探すことにした。
 なのにそんなときにかぎってバッタリ出くわしちゃったのが、トラ太郎、トラ次郎、トラ三郎からなるノラネコ義兄弟たち。
 かくして鬼ごっこの第二ラウンドがはじまった。
 うにゃーん!


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