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028 出張、トラブル、乙女逃走中
しおりを挟む二つ目のお仕事も無事に完了。
お守り袋の中に入っている願い石を確認したら、青味がより鮮明となっていた。順調に幸福値が蓄積されている模様。
残るお仕事はあと一つ。
はてさて、最後はどのようなえにしをあつかうことになるのやら。
◇
「おはよう、結ちゃん。って、あれ? 今日はここのところずっとつけてた髪留めをしてないんだ」
登校直後に多恵ちゃんから指摘を受けて、わたしは「あー、今朝はバタバタしていたから、うっかり忘れちゃったみたいで」と誤魔化す。
三日月の形をしたべっ甲っぽい飴色をしたクリップ式の髪留め。あれの正体は稲荷の眷属である三尾の灰色子ギツネの生駒が化けたもの。
その生駒なのだが本日はいない。稲荷総会の会合へと出席するために留守にしている。
だからひさしぶりにのんびり小学生生活を満喫できるとおもっていたら「あたいがいないからって気を抜くんじゃないよ。せっかくだからネコ化けの術でも磨いておきな」と宿題を押しつけられた。
「えー、そんなぁ。ネコ化けの術って生駒がいないと無理なんじゃあ……」
「いや、問題ないよ。慣れないうちは補助が必要だったけど、いまでは結もすっかり一人で出来ているじゃないか」
てっきり髪留めが変身アイテムなのだとばかりおもっていたのに、どうやらちがったらしい。
では、どういう仕組みで術が発動しているのか?
生駒の説明では、なんでも自分の稲荷の神通力の一部をわたしに分け与え、血や肉に浸透し、馴染ませることでうんぬんかんぬん。
「って、そんな話、初耳だよ! いったいいつのまに」
あまりのことにわたしは愕然となるが生駒はケロリ。
「いつのまにって、そりゃあ寝ている間にこつこつと」
こっそり肉体改造を施されていたと知ったときの衝撃たるや。
えっ、稲荷総会って特撮ヒーローの秘密結社的な組織だったの? キテレツな怪人とかバンバン造るところみたいな?
うろたえるわたしに生駒は「まぶたが簡単に一重から二重になるご時世に、ちょびっと体をいじくったぐらいで何をおおげさな」と笑うんだけど、いやいやいや、ネコに化けられる時点でちっとも「ちょっと」じゃないよね!
「心配しなさんな。三つの仕事を終えてしばらくしたら、じきに自然と元に戻るはずだから」
「ぐすん、本当に?」
「うん……たぶん」
「!」
なんてやりとりがあったのが今朝方のことである。
本音をいえばショックのあまりそのまま寝込みたかった。けど「寝込みたい? ネコなだけに? なんつって、ぎゃはははは」という生駒のセンスのないダジャレのせいでその気も失せて、いつも通りに登校した。
が、登校したらしたでわたしはいろんなことに悩まされることになる。
◇
お悩みその一。
やたらと霧山くんがこっちをチラチラ見てくる。ともすればわたしに声をかけようとさえもする。
いつもならば「きゃーっ」なうれし恥ずかしシチュエーションだけど、霧山くんが気にしているのはわたし個人ではなくて、わたしと彼の遠縁のオジである渡辺和久との関係だと思われる。渡辺和久は正体を隠してミステリー作家岬良として活躍しており、それを密かに支援していたのが霧山くんの家族。
だから霧山くんからすれば、わたしはオジの周辺をうろつく怪しい人物ということになる。
先日、わたしと生駒が関わることになった四十年来の鬼がらみの古えにし。
アレについて渡辺和久と霧山くんの間で、どれぐらい情報が共有されているのかは不明だけど、大なり小なり興味を持たれてしまったことはたしか。
だからとて問い詰められても、わたしには答えようがない。
よしんば正直に白状したとて「こいつ頭だいじょうぶか」とおもわれるのがオチだろう。
誰が信じるというのか。三尾のキツネの手助けをしていますなんて話を。
だからわたしはさりげなく霧山くんを避け続け、ひたすら逃げに徹した。
お悩みその二。
逃げるわたし。追う霧山くん。
霧山くんは気配り上手なので強引なマネはしない。無理せずあくまで自然体を装って接触の機会をうかがうばかり。
だから周囲に気づかれることはない、はずだった。
異変に気づいた人物が二人いた。
ひとりは月野愛理。彼女は霧山くんが好きなことを広言してはばからないぐらいなので、常日頃から彼の言動には注視している。それゆえに些細な変化に気がついてしまった。
そして言いたいことは言い、聞きたいことは聞くのが月野愛理という女。
しかし彼女もまた恋する乙女ゆえに、さすがに「いったいどういうことなのかしら」と霧山くんを問い詰めたりはしない。かわりに問い詰められることになりそうなのが、わたしこと奈佐原結である。
だからわたしは月野さんやそのとり巻き連中からも逃げる逃げる。
お悩みその三。
わたしと霧山くんの奇妙な駆け引きに気づいたもう一人の人物は、真田陽太。
彼の妹の萌咲ちゃんをトラックの巻き込み事故から救って以来、まるで主人に忠誠を誓う騎士か武士のごとく、わたしに接するようになった彼。どうやら深く恩義を感じてのことらしいのだが、はっきり言ってありがた迷惑である。悪目立ちするのでやめて欲しい。
それゆえに真田くん、早々に「あれ? 何かへんだぞ」と気がついてしまう。
だから「どうかしたのか」と友人の霧山くんにたずねるも彼は「べつに」と愛想笑いでとぼけるばかり。そしてわたしもまた「べつにー、なんでもないよー」と固い笑顔で口角を引きつらせるものだから、結果として疑念が増すばかり。
それでも真田くんは薄ぼんやりながら「どうやら奈佐原が霧山を避けているらしい」と察し、理由はわからないけどわたしがイヤがっているのならばと、それとなく霧山くんの動きを牽制してくれるようになる。
でもこれってはたから見たら、女に言い寄る男に「ちょっと待てよ」と声をかけている第二の男の構図になるわけで……。
お悩みその四。
霧山くん、真田くん、月野さんとそのとりまき四人。
合計七人からつきまとわれることになってしまったわたし。
小学校を舞台にし、休憩時間内限定で行われる鬼ごっこ。
わたしはさながら逃亡犯のように、こそこそ校内を逃げ回る。その際にはネコ化けの経験がとても助けとなった。
姿を隠す、気配を消す、周囲に気を配る、視線の動きや足の運びなどはネコの動きが非常に役に立った。
難関であったお昼休憩時には、萌咲ちゃんや智樹くんがいる二年生の教室に転がり込むことでどうにかやり過ごす。
智樹くんは前より明るくなっており、萌咲ちゃんはあいかわらずかわいかった。愛い愛い。
そしてもっとも危険な放課後だが、わたしはホームルーム終了と同時に猛ダッシュで教室を抜け出し、さっさと退散するつもりでいる。
まずは目先のことに集中。明日以降のことはまたその時に考えよう。
お悩みその五。
わたしをとりまく現状を多恵ちゃんがニヤニヤ眺めている。「結ちゃん、がんばれ」とかナゾの応援までしてくれる。だからとて「自分もまぜろ」とは言わない。
あえて踏み込むことなく遠目にて楽しむ算段のようだ。
まったくもって、ひどい親友もあったものである。
◇
ホームルームが終了。
みんなが席を立つ中、わたしはひとり手ぶらで廊下へと。
その様子に、わたしを狙う七人が浮かしかけた腰を戻すことになる。
彼らはこう考えたわけだ。「ランドセルがそのまま。ということは教室に戻ってくるはずだ」と。
だが、甘い。
一瞬の油断をついて行動を起こしたのは、誰あろう多恵ちゃん。
わたしのランドセルとひっ掴むなり、「てぃ」っと廊下に向かってぶん投げた。
それを見事にキャッチしたわたしはすかさず駆け出す。
よもやの連携プレーに唖然としている霧山くんや月野さんたちを尻目に、わたしはスタートダッシュを決めることに成功した。
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