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025 留守宅、捜索、缶の中
しおりを挟む救急車にて柴崎由香里を搬送する際に家の戸締りはしておいたので、ここは生駒の出番。三尾のうちの一本を使った鍵開けの技にて勝手口を開けてもらう。
ほぼ瞬殺の腕にわたしは感心半分あきれ半分。
「まえから気になってたんだけど、生駒ってばどうしてそんな器用なことができるの?」
「どうしてって……、自然と覚えたんだよ。あたいが新人時代にお世話になった先輩が、どうにもおっとりした御方でねえ。おおらかというか、のんびりしているというか。細かいことを気にしないのはいいんだけど、そのせいでしょっちゅう鍵とか失くしちゃうんだよ」
「あー、たまにいるよね。そういう人」
「で、そのたびに大変だから、途中から探すのがめんどうになって鍵穴の方をこちょこちょするようになったのさ。おかげさまで、いまではそのへんの金庫ぐらい楽勝だぜ」
鍵開けや金庫破りが得意だと豪語する稲荷の眷属ってどうなのだろう。ごく一部の人たちからは熱烈に支持されそうだけど。
わたしはそんなことを考えつつ留守宅へとおじゃまする。
◇
家の中でもネコ化けは解かない。
うっかりご近所さんとかに見咎められたらややこしいことになるから。
あらためて落ち着いて家の中をみれば、よく整頓されてある。
台所まわりはすっきりしており、余計な食器類や鍋などの調理器具が出しっぱなしにされていることもなく、専用の棚に並んだ調味料のラベルがきちんとこちらを向いている。換気扇に油よごれも見られないし、ステンレス製の流し台は経年に応じた使用感はあるものの、わりとピカピカ。
居間の方もきれいなものだ。つい溜めがちになる古新聞や雑誌、不用になった書類やダイレクトメールなどの姿はない。
おうちゃくしてくず箱をぱんぱんにしていることもなく、床や部屋の隅にてホコリ玉が転がっていない。
ちょっと意地の悪い小姑のごとく障子の組子を調べてみたが、そこもキレイなものであった。
柴崎由香里は相当に几帳面な性格であるようだ。
彼女が倒れていた仏間にも立ち入る。
ここには仏壇や位牌などあるべきものがあるばかり。線香のニオイが染みついており、それ以上でもそれ以下でもない空間であった。
寝室らしき部屋はなんとなく気がとがめたのであとまわしにして、わたしは書斎へと足を踏み入れる。
書斎といっても昔の大学生の一人暮らしの部屋みたいな雰囲気がある畳の部屋。広さは六畳ちょっとといったところか。窓際に時代劇に登場しそうな文机があり、陽の当らない壁際に書棚が設置されてある。
ここはおそらく生前に柴崎隆が使っていたのだろう。こちらも掃除が行き届いており、空気がちっともよどんでいない。
「調べるとしたらここかな」わたしはネコ耳をぴくぴくさせる。
「もしくは仏壇の近くかね」と生駒。「なぜだか年寄り連中はあそこに大事なものをしまいたがるんだよ」
そいういえばうちのおばあちゃんとかも、現金入りの封筒とか貴重品を仏壇の下にある引き出しに放り込んでいたっけか。もしかしたらご先祖さまが守ってくれるとか考えているのかもしれない。
捜索候補は二か所。あんまりのんびりしている時間もないことだし、ならば手分けをして探そうかと相談していたところで、その必要がなさそうなことにわたしは気がつく。
なぜなら書棚にずらりと並ぶ本のほとんどが、覆面ミステリー作家である岬良こと渡辺和久の著作であることを発見したからである。
「ねえ、生駒、これって……。もしかして二人には正体を明かしていた、とか」
「もしくは、二人は気がついていたのかもしれないねえ」
でも、だとしたらいったいどうやって?
というわたしの疑問への答えは、書棚の下段奥にしまわれていた缶箱にあった。
まるで教会のステンドグラスのようなデザインは、きっとクッキーの詰め合わせの缶だろう。なかには手紙の束が入っていた。すべての宛先は出版社となっており、内容はファンレターであった。新刊が発売されるたびに、丁寧な感想と応援のメッセージがつづられてある。
これだけ見れば熱狂的な岬良のファンといえなくもないけど、だったらなぜ手紙を出すことなくこんなところにしまってあるのか。
答えは簡単だ。
これは出されなかった手紙だということ。
いや、より正しくは「出せなかった手紙」である。
せっかく書いた手紙を出せない理由、なのに書き続けた理由……、それはきっと覆面作家の正体が誰だかわかっていたから。
かつてミステリー愛好会でいっしょだった親友が作家として活躍していると知ったとき、柴崎隆は驚きもし、そしてきっと誰よりもよろこんだはずだ。同時に懐かしさと深い後悔も。そしていまさらなんの面目があってと連絡をとることを躊躇した。
それでも想いをつづられずにはいられなかったんだ。たとえ届けられることがない手紙だとしても。
岬良こと渡辺和久は返信できなかった結婚式の招待状をいまでも持っている。
柴崎隆は投函できないファンレターをずっと書き続けていた。
柴崎由香里の心の内はわからない。けれども彼女はそんな夫をずっとそばで見てきた。
四十年来の鬼がらみの古えにし。
もう、このへんで終わりにしてもいいだろう。多少むりやりにほどくことになろうとも。
わたしは生駒に告げる。
「この手紙を届けよう」
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