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017 親友、マドンナ、ポーカー勝負
しおりを挟むミステリー同好会とミステリー愛好会の醜い争いはひとまずの終焉を迎え、大学は平穏を取り戻す。
そしてまた春がきた。
艶やかに桜舞うキャンパス。
新入生たちはこれから始まる学生生活へと想いを馳せ、夢と希望に胸を膨らませて門をくぐる。
そんなピチピチの初心な一年生たちを、舌なめずりしながら手ぐすね引いて待っている先輩たち。
大学にやる気が満ち充ちて、もっとも活気づく季節。
だというのに留年した渡辺和久と柴崎隆の二人は、ミステリー愛好会の部室にて腐っていた。騒動を起こした罰として与えられた課題が山とあり、そいつが片づけても片づけても、ちっとも減りやしない。
しかもミステリー愛好会はことを起こした責任をとらされて、今年の新入生勧誘活動の一切を禁じられるというペナルティまで課せられたものだから、男二人の意気がちっともあがらないのも無理はなかった。
「なんたる理不尽……。俺たちの戦いはいったいなんだったのか」
「ケンカ両成敗が御政道であろう。なのにどうしてこちらばっかり」
同好会と愛好会の明暗を分けたのは、ずばり歴史の差である。
同好会は伊達に長い歴史を誇ってはいない。それすなわち多数の卒業生を抱えているということ。中にはそこそこの寄付金を大学に納めていたり、社会的にそこそこ成功している先輩なんかもいて、現役メンバーたちはそっちの伝手を頼って泣きついたのであった。
持つべきものはコネとカネである。
だが旗揚げしたばかりの愛好会にはそんなモノはない。
当然ながら渡辺と柴崎は学長に「ずるいぞ」「差別だ」「格差社会反対!」「金の亡者」と抗議した。しかし「ちがう。これは区別だ」と一蹴された。「退学や廃部にならないだけでもありがたいとおもえ」と鬼の形相で凄まれてはいかんともしがたく。
かくしてこのまま部室で腐るうちに、春が過ぎるはずであった男二人。
だがそんな部室の扉を叩く者があらわれる。
「こんにちわ。ここってミステリー愛好会の部室ですよね?」
見目麗しい黒髪の乙女の登場に、渡辺と柴崎はあわてふためく。彼らからすればいきなりかぐや姫が月から降りてきたような衝撃であったのだ。
それでもどうにか先輩としての体裁をとりつくろって、コホンとわざとらしい咳払いののちに渡辺が乙女に声をかける。
「いかにも、ここはミステリー愛好会の部室だが、何か御用かね、お嬢さん」
「お嬢さんって、くすくす、ヘンなの。わたしの名前は仁科です。仁科由香里、入部希望です」
入部希望との言葉に耳を疑う渡辺と柴崎たち。
すぐさま額をつき合わせてひそひそ。
「おい、まさか」「いや、そんなはずない」「これは何かの罠か」「はっ、もしや同好会の刺客かも」「ありうる。おのれなんと卑劣な」
キョトンとしている仁科由香里を放置して、しばらく男二人でごにょごにょしてから、柴崎が意を決してたずねた。
「あー、もしかしてミステリー同好会とかんちがいしているとか?」
もっともありえそうな悲しい可能性を口にした柴崎。
だがしかし、黒髪乙女の返答は意外なものであった。
「いいえ、あっちものぞいてみたけど何だか期待していたのとちがったから。それに話を聞いたらこっちの方が面白そうだったし」
同好会の連中、舞い込んだ麗しい乙女を逃がすまいと愛好会の悪評を語り聞かせてビビらせてから、それに打ち勝ったと自画自賛して猛アピール。「ぜひともうちに」と勧誘したらしいのだが、どうやらそれは逆効果であったらしい。
仁科由香里の話に、渡辺と柴崎はガッツポーズ。
こうしてミステリー愛好会は第三のメンバーを迎えることになり、色あせかけていた彼らの青春はふたたび輝き始めた。
◇
ようやくにして登場人物たちが出そろったところで悪いのだが、このあとの展開は容易に想像がつく。
男二人に女が一人。
しかも相手はマドンナ級の黒髪乙女。
恋と友情の狭間でもがき苦しく青春野郎ども。
「どうせそんなところじゃないの?」
わたしが自分の見立てを口にすると生駒が「だいたいあってる」とうなづく。
「まぁ、おおよそは結の考えた通りなんだけど……。いっそのこと夕暮れ時の河原で、女を賭けて殴り合いでもしてくれたらあと腐れがなかったんだけどねえ。連中が選んだのはトランプのポーカー勝負だったんだよ」
五枚の手札の組み合わせで勝敗を決するカード遊び。
わたしも何度かやったことがある。お正月とかに親族が集まると、たまにお菓子を賭けて遊ぶことがあるけど、そんなものの景品に仁科さんをしたのか。
男どものかんちがいと身勝手さに、わたしはちょっとイラっ。いったい女をなんだと思っているのかとぷんすか怒る。
すると生駒が「あー、ちがうちがう。そうじゃない」と訂正する。「正しくは告白する順番をポーカーの勝敗で決めたんだよ。勝った方が先に仁科由香里に告白するってね」
渡辺和久と柴崎隆。
ポーカー勝負の結果は柴崎隆が勝つ。
玉砕を覚悟しての告白は成功し、晴れて仁科由香里と柴崎隆は付き合うことになる。
それすなわち三人の関係にも変化が起こることを意味していた。
表面上はサークル仲間として変わらぬ日々を過ごすも、柴崎と仁科の二人と、渡辺との時間の流れには少しずつズレが生じてゆく。しかしそれもまた自然なことであった。
やがて大学を卒業して柴崎隆と仁科由香里は結ばれ、渡辺和久はひとり別の道を歩いていくことになる。
ありがちといえばありがちな話。
それだけ恋愛と友情を両立させるのは難しいということ。
ましてや親友と自分が好きな相手が仲良くしているのを、ずっとそばで見ているなんてあまりにもツラすぎる。
もしもわたしが渡辺の立場だったら、表向きは祝福して応援するふりをするだろうけど、やっぱり距離を置くとおもう。本気で好きだったらなおさら。
なんとも切なく甘酸っぱい青春のメモリアル。
が、これで終わらないのが今回の話のめんどうくさいところであった。
生駒はじつに言いづらそうに口にする。
「問題はそのポーカー勝負なんだよねえ。じつは柴崎のやつ、どうやらインチキをしたみたいで」
よっぽど先に告白したかったのか、やっちまったと聞かされてわたしは「あっちゃー」と天をあおいだ。
その際にたまさか通りかかったカラスと目があった。「カァカァ」鳴くその声が「ばーか、ばーか」と言っているようにわたしのネコ耳には聞こえた。
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