四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

文字の大きさ
上 下
6 / 50

006 忘れられし祠、紅葉路、化ける乙女

しおりを挟む
 
 ようやく放課後。
 すでにいろいろあり過ぎてお腹いっぱいなのだが、本番はこれから。
 いつもいっしょに帰っている多恵ちゃんには「ごめん。今日はちょっと用事があるから」と告げて、ホームルームが終わったとたんにひとり教室を飛び出す。
 何をするにもまずは家に帰って荷物を置いてから……。
 そう考えていたわたしは急いで靴を履き替え、昇降口から正門へと向かおうとするも、生駒に止められる。

「そっちじゃない。裏に向かいな、結」

 丸橋小学校には校舎が二つある。大きいのと小さいの。
 というのも、かつてやたらと子どもが増えた時期があって、教室が足りなくなったので急遽小さいのを作ったから。そういうことがあっさり出来ちゃう景気のよい時代であったのだ。
 だがじきに子どもがみるみる減っていき、いまでは校舎は大きい方だけでも余裕となり、小さい方は巨大な物置と化しつつある。
 生駒が裏といったのはその小さい校舎のうしろ。陽が当たることがなく陰気ゆえに子どもらも近づかない場所。
 そこの繁みに半ば埋もれるようにしてあったのは小さな祠。
 かなり朽ちており、かろうじて原型をとどめているようなひどいあり様。

「ひょっとしてもこれもお稲荷さんなの? こんなところにあるだなんて、ちっとも知らなかったよ」
「まぁね。ごらんのとおり忘れられた存在さ。だがそれはそれで都合がよくってね。どれ、結、その祠の中をちょいとのぞいてみな」

 言われるままにかがみ込んでみたものの中はがらんどう。何もない。長らく放置されていたわりにはキレイだけど。
 これがいったいどうしたのかとたずねようとした矢先。
 ぐにゃりと視界が歪む。

「えっ」と思ったときには、わたしの体はグイッと強いチカラにて祠へと引き寄せられていた。「なっ、何、ちょ、ちょっと待って。うそ、あーっ!」

 祠の中に発生した空間の歪み。それが渦となって、抵抗むなしくわたしは吸い込まれてしまう。あんぎゃーっ。

  ◇

 そこはとても静かな空間であった。
 模様が刻まれた石板が敷きつめられてある回廊が、闇の彼方へと真っ直ぐにのびている。
 道の端、石灯篭たちが等間隔にてお行儀よく並んでいる。
 灯る光がやわらかい。
 見上げた先、照らされ浮かびあがっているのは見事な紅。
 夜陰の中、無数の紅葉たちがたたずんでいる。
 あまりの美しさにわたしは息を飲む。
 秋のシーズンになったらテレビで紅葉の景色が紹介されることがあるけれども、これまでわたしが見てきた中ではダントツに一番である。
 校舎の片隅にあった朽ちた祠。顔を近づけたとたんに呑み込まれて、気づけばこの場所にいた。
 ほうけているわたしに生駒が教えてくれた。

「ここは紅葉路(もみじみち)さ。各地の祠と繋がっている場所だよ。ここを通ればあっという間にあちこち移動ができるという優れものさ」
「おぉ、それはすごい!」
「まぁね。たしかに便利なんだけど欠点もあってねえ。ここってば人の身では通れないんだよ。昔はいけたんだけど、晴明のやつが無茶をやらかして以来、人間は出禁になっちまったんだ」
「へー、人間はダメなんだぁ。……って、はい? だったらわたし、ダメなんじゃあ」
「まあなぁ。だからほれ、しばらくはその姿でガマンしな」
「ガマンっていったい何をおぉっ!」

 いつのまにやら手に毛が生えていた。
 手の平にはピンクの肉球。クイッとりきんだらシャキンと鋭い爪が姿を見せる。おそるおそる顔を向ければ足にも毛が生えている。というか全身に毛がびっちり生えていた。
 ついでにヒゲもぴんと生えている。長い尻尾もくねくね。
 茜色にうっすら白の縞が混じる毛並みは、夕焼け空を連想させる。
 そんなネコの姿となっている自分に驚くと、口から「にゃーっ」という鳴き声がこぼれた。

  ◇

 四足歩行にてスタスタ歩く。
 ひと足ごとに全身が滑らかに波打つ。
 すごい! つま先から尻尾の先まで、すべてが連動しているんだ。
 それはたぶん人間も同じなのだろうけど、なんというかまるで次元がちがう。もしかしたら体の扱いに長けたダンサーとかトップアスリートたちならば、この域に達しているのかもしれないけど、少なくともわたしには初めてのこと。
 これがネコの肉体……。
 自分がちがう何かに変身する。
 とても不思議な感覚だ。
 視点がかなり地面に近いせいか、世界がとても広く見える。
 それはいいのだが困るのが鋭敏になっている感覚。
 視覚、聴覚、臭覚、触覚らが拾う情報量が多すぎる。
 同時に複数から話しかけられているようで、なかなか慣れない。

「これがネコの見ている世界かぁ。そりゃあ疲れて寝てばかりいるのもしようがないか」
「昔からよく寝る子でネコなんて言われてるけど、べつに連中だってすきでダラダラ過ごしているわけじゃない。あいつらは頭が回りすぎるんだよ。だからすぐに疲れちまうのさ。人間たちがネコは飽きっぽいとか言ってるけど、それもちがう。飽きっぽいんじゃない。あっという間に理解しちまうんだよ。だから長く続ける必要がない。逆にネコの行動が理解できないのは人間たちのオツムがぼんくらなせいなのさ」

 ケタケタ笑う生駒。その姿は髪飾りではなくて、いまは飴色の首輪となっている。
 人の目のない場所なのだから、本来に姿をあらわせばいいのに「歩くのがめんどうくさい」とこの格好。
 おかげでわたしは首輪をつけて、お守り袋を首から下げているヘンテコなネコというありさま。

 紅葉路をゆく。
 進んでいるとときおりヘンな気配とすれちがう。
 でも何もいない。
 はじめは気のせいなのかと思っていたのだけれども、あんまりにも続くものでたまらず生駒にたずねると「そのまま知らんぷりをしていな」と素っ気ない。「言っただろう。ここは人間は通れないって」
 それすなわち人以外の何かはじゃんじゃん通っているということ。
 何かがナニ者なのかはとっても気になる。
 けど生駒に「好奇心はネコをも殺すってね。どうしてもっていうのならば教えてあげるけど、いちど認識しちまったらこの先ずっと拝むハメになるけど、どうする?」と言われてわたしは全力で首をぶんぶん横にふった。
 世の中知らないほうがしあわせでいられることもある。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

処理中です...