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006 忘れられし祠、紅葉路、化ける乙女
しおりを挟むようやく放課後。
すでにいろいろあり過ぎてお腹いっぱいなのだが、本番はこれから。
いつもいっしょに帰っている多恵ちゃんには「ごめん。今日はちょっと用事があるから」と告げて、ホームルームが終わったとたんにひとり教室を飛び出す。
何をするにもまずは家に帰って荷物を置いてから……。
そう考えていたわたしは急いで靴を履き替え、昇降口から正門へと向かおうとするも、生駒に止められる。
「そっちじゃない。裏に向かいな、結」
丸橋小学校には校舎が二つある。大きいのと小さいの。
というのも、かつてやたらと子どもが増えた時期があって、教室が足りなくなったので急遽小さいのを作ったから。そういうことがあっさり出来ちゃう景気のよい時代であったのだ。
だがじきに子どもがみるみる減っていき、いまでは校舎は大きい方だけでも余裕となり、小さい方は巨大な物置と化しつつある。
生駒が裏といったのはその小さい校舎のうしろ。陽が当たることがなく陰気ゆえに子どもらも近づかない場所。
そこの繁みに半ば埋もれるようにしてあったのは小さな祠。
かなり朽ちており、かろうじて原型をとどめているようなひどいあり様。
「ひょっとしてもこれもお稲荷さんなの? こんなところにあるだなんて、ちっとも知らなかったよ」
「まぁね。ごらんのとおり忘れられた存在さ。だがそれはそれで都合がよくってね。どれ、結、その祠の中をちょいとのぞいてみな」
言われるままにかがみ込んでみたものの中はがらんどう。何もない。長らく放置されていたわりにはキレイだけど。
これがいったいどうしたのかとたずねようとした矢先。
ぐにゃりと視界が歪む。
「えっ」と思ったときには、わたしの体はグイッと強いチカラにて祠へと引き寄せられていた。「なっ、何、ちょ、ちょっと待って。うそ、あーっ!」
祠の中に発生した空間の歪み。それが渦となって、抵抗むなしくわたしは吸い込まれてしまう。あんぎゃーっ。
◇
そこはとても静かな空間であった。
模様が刻まれた石板が敷きつめられてある回廊が、闇の彼方へと真っ直ぐにのびている。
道の端、石灯篭たちが等間隔にてお行儀よく並んでいる。
灯る光がやわらかい。
見上げた先、照らされ浮かびあがっているのは見事な紅。
夜陰の中、無数の紅葉たちがたたずんでいる。
あまりの美しさにわたしは息を飲む。
秋のシーズンになったらテレビで紅葉の景色が紹介されることがあるけれども、これまでわたしが見てきた中ではダントツに一番である。
校舎の片隅にあった朽ちた祠。顔を近づけたとたんに呑み込まれて、気づけばこの場所にいた。
ほうけているわたしに生駒が教えてくれた。
「ここは紅葉路(もみじみち)さ。各地の祠と繋がっている場所だよ。ここを通ればあっという間にあちこち移動ができるという優れものさ」
「おぉ、それはすごい!」
「まぁね。たしかに便利なんだけど欠点もあってねえ。ここってば人の身では通れないんだよ。昔はいけたんだけど、晴明のやつが無茶をやらかして以来、人間は出禁になっちまったんだ」
「へー、人間はダメなんだぁ。……って、はい? だったらわたし、ダメなんじゃあ」
「まあなぁ。だからほれ、しばらくはその姿でガマンしな」
「ガマンっていったい何をおぉっ!」
いつのまにやら手に毛が生えていた。
手の平にはピンクの肉球。クイッとりきんだらシャキンと鋭い爪が姿を見せる。おそるおそる顔を向ければ足にも毛が生えている。というか全身に毛がびっちり生えていた。
ついでにヒゲもぴんと生えている。長い尻尾もくねくね。
茜色にうっすら白の縞が混じる毛並みは、夕焼け空を連想させる。
そんなネコの姿となっている自分に驚くと、口から「にゃーっ」という鳴き声がこぼれた。
◇
四足歩行にてスタスタ歩く。
ひと足ごとに全身が滑らかに波打つ。
すごい! つま先から尻尾の先まで、すべてが連動しているんだ。
それはたぶん人間も同じなのだろうけど、なんというかまるで次元がちがう。もしかしたら体の扱いに長けたダンサーとかトップアスリートたちならば、この域に達しているのかもしれないけど、少なくともわたしには初めてのこと。
これがネコの肉体……。
自分がちがう何かに変身する。
とても不思議な感覚だ。
視点がかなり地面に近いせいか、世界がとても広く見える。
それはいいのだが困るのが鋭敏になっている感覚。
視覚、聴覚、臭覚、触覚らが拾う情報量が多すぎる。
同時に複数から話しかけられているようで、なかなか慣れない。
「これがネコの見ている世界かぁ。そりゃあ疲れて寝てばかりいるのもしようがないか」
「昔からよく寝る子でネコなんて言われてるけど、べつに連中だってすきでダラダラ過ごしているわけじゃない。あいつらは頭が回りすぎるんだよ。だからすぐに疲れちまうのさ。人間たちがネコは飽きっぽいとか言ってるけど、それもちがう。飽きっぽいんじゃない。あっという間に理解しちまうんだよ。だから長く続ける必要がない。逆にネコの行動が理解できないのは人間たちのオツムがぼんくらなせいなのさ」
ケタケタ笑う生駒。その姿は髪飾りではなくて、いまは飴色の首輪となっている。
人の目のない場所なのだから、本来に姿をあらわせばいいのに「歩くのがめんどうくさい」とこの格好。
おかげでわたしは首輪をつけて、お守り袋を首から下げているヘンテコなネコというありさま。
紅葉路をゆく。
進んでいるとときおりヘンな気配とすれちがう。
でも何もいない。
はじめは気のせいなのかと思っていたのだけれども、あんまりにも続くものでたまらず生駒にたずねると「そのまま知らんぷりをしていな」と素っ気ない。「言っただろう。ここは人間は通れないって」
それすなわち人以外の何かはじゃんじゃん通っているということ。
何かがナニ者なのかはとっても気になる。
けど生駒に「好奇心はネコをも殺すってね。どうしてもっていうのならば教えてあげるけど、いちど認識しちまったらこの先ずっと拝むハメになるけど、どうする?」と言われてわたしは全力で首をぶんぶん横にふった。
世の中知らないほうがしあわせでいられることもある。
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