四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

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003 遅刻、同伴、ちと修羅場

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 やってしまった……。
 がっつり遅刻した。人生初である。
 だってしようがないじゃない。下級生の女の子を連れているんだもの。
 でもその子が「ゆいねえちゃんがたすけてくれたのー」と校門のところで言ってくれたおかげで、先生方からは叱られずにすんで、ほっ。
 しかしそのせいで油断した。
 うっかり霧山くんとそろって教室に顔を出したものだから、ちょっとした騒ぎに。
 バカな男子たちからは「ひゅうひゅう」「朝から熱いねえ」「夫婦で何をしていたのやら」とからかわれ、女子たちからもキャアキャア騒がれ、一部の女性陣からはものすごい目でにらまれた。
 もう恥ずかしいやらおっかないやら。ひえぇえぇぇぇ。

  ◇

 気づいたら一限目が終わっていた。
 休み時間になったとたん「やるなぁ、おぬし」とニヤニヤ近寄ってきたのは多恵ちゃん。「よもや昨日の今日で動くとは。結ちゃんってば積極的なんだからぁ」

 ウリウリ小突かれて、わたしはあわてて手をバタつかせる。

「ち、ちがう。あれはそんなんじゃないから。あれは……」

 と言いかけたところで、ゲゲッ!
 ずんずんこっちの席に向かってくる女子の五人組。
 グループを率いるのは月野愛理(つきのあいり)。
 この五年二組の女子の中心人物にて、お父さんは不動産やらガソリンスタンドやら、いろいろ手広くやっている社長さん。お母さんは駅前で開業している内科のお医者さま。地元でも有名な名門で、家は時代劇に登場しそうな和風の大きな邸宅。しかも当人は黒髪の似合うお嬢さまで、将来、美人になることが確定している。生まれながらの勝ち組。神さまからこれでもかと贔屓されまくっている子。いったい前世でどれだけの徳を積めばこんな風に生まれてこれるのだろうか。
 そんな月野さんが正面にて仁王立ち。こちらを見下ろしてくる。
 くっ、間近にすると個体差の優劣がより鮮明になる。キリリとした目尻がカッコイイし、顔の輪郭や首もとがしゅっとしている。四肢もすらり。骨格レベルで美人だ。同性としてうらやましいねたましい。クンクン、ニオイまでしっかり美人さんである。これで同じ人間とかどうにも納得がいかない。
 思考に逃避していたわたしを現実に戻したのはダンっという音。
 机に両手をついている月野さん。

「今朝のあれは……、いったいどういうことなのかしら? 奈佐原さん」

 そして性格はごらんの通りである。
 竹を割ったようなというのとはちがう。竹やりでズドンと急所を容赦なく打ち抜くようなタイプ。
 見た目こそは華奢なお嬢さまなのに当たりがけっこう強い。言いたいことは言う、聞きたいことは聞く。それが月野愛理という女。
 そんな彼女が霧山くんにかなり熱をあげていることは、このクラスの女子ならば誰もが知っていること。それも昨日今日のにわかファンどもとはちがう。低学年の頃からずっとアプローチを続けているというのだから筋金入りである。
 ゆえに「今朝の同伴登校について納得のいく説明を述べよ」とつめ寄られて、わたしは気圧されすっかりタジタジに。
 半べそにて多恵ちゃんに救いを求めるも、いつのまにやら親友の姿はどこぞに失せていた。うぅ、薄情者め。

 五人にとり囲まれ全方位から「さぁさぁ」問い詰められ、わたしはプチパニック。
 するとその混乱に拍車をかけたのが、男子の一人。

「おぉ、こわっ! 月野たちの頭から角がにょきにょき生えていやがらぁ」

 茶々を入れたのは真田陽太(さなだようた)。
 クラスで三番目に背が低い男の子。小さいけど足は速くて、ドッジボールとかもうまい。ウワサではケンカもずいぶん強いんだとか。以前に妹を泣かせた他校の上級生たちをたった一人でやっつけちゃったらしい。運動全般は得意だけど勉強はいまいち。バカな男子たちのまとめ役。教室のにぎやかし要員。わたしは密かに彼を「地雷男」と呼んでいる。なぜなら今みたいにわざわざ危険なところに、自ら首を突っ込むことが多いからだ。
 案の定、キッっと月野さんたちからにらまれて「うっさい」「アンタはお呼びじゃないんだよ」「女同士の話に入ってこないで」「チビ真田は黙ってろ」と集中砲火を喰らう。
 だがそれぐらいでへこたれるような真田くんじゃない。というか最後のアレはダメだ。
 自分ではどうしようもない容姿について他者からとやかく言われる。
 それはとても腹立たしいこと。
 ましてや背の低い男子に向かって「チビ」の類は禁句。
 それをズケズケ言われてはカチンときちゃう。

「うっせー、ブスども」「なによ、チビのくせに」

 売り言葉に買い言葉。
 突如として始まる場外乱闘。
 これに互いのとり巻きが加わってさらに炎上。
 稚拙な罵詈雑言がぶんぶん飛び交い、たちまち修羅場と化す。
 わたしはどうしていいのかわからずに、オロオロ。
 すると「いい加減にしないか」と怒ったのは、誰あろう霧山くん。
 さすがはキラキラ王子さま。その影響力は凄まじく、ぎゃんぎゃん吠えていた女子たちがたちまち口をつぐんでしまう。
 でも男子の方はそうはいかない。「なんだよ霧山、おまえ、女の味方をすんのかよ」とか言い出す始末。
 なんでもかんでもすぐに女子対男子の構図に当てはめる輩がいる。
 おかげで教室ではしょっちゅう男女の対立が起きている。
 ふつうであればコレで怯む。誰だって同性から仲間外れにされるのはイヤだもの。
 だがしかし、キラキラ王子さまはちがうのだ。こんなことで己を曲げたりはしない。
 霧山くんは堂々と今朝あったことを説明しはじめる。
 身振り手振りで語られるのは、左折するトラックに巻き込まれそうになった下級生のピンチを救った勇敢なクラスメイトの話。
 が、それすなわちわたしの武勇伝になるわけで。
 にゃーっ!

 今朝の同伴登校はたまたま人助けの現場に居合わせたがゆえの、不可抗力。
 当事者である霧山くんからの理路整然とした説明によって、いちおう騒動は収束した。
 月野さんたちも「えー、こほん。まぁ、そういうことでしたら、しようがないわね」と納得してくれた。
 いつのまにやらしれっとそばに戻っていた多恵ちゃんは抱きつきながら「さすがはわたしの嫁」なんぞと調子のいいことを言う。
 これには周囲もどっと笑った。
 なのに一人だけムズカシイ顔をしていたのが真田くん。
 霧山くんから詳しい話を聞いてから、なにやら様子がおかしい。ちょっと気にはなっていたんだけど、チャイムが鳴って二限目が始まってしまった。


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