四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝

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002 髪留め、願い石、駆ける乙女

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「へー、最近はあんな妙ちきりんなかっこうが流行しているんだねえ」
「ほー、家の形もずいぶんと変わったもんだよ。背の高い立派な建物が増えたもんだ」
「おうおう、車の野郎が生意気にもびゅんびゅん我が物顔でたくさん走っていやがる」
「かーっ、お寺の野暮ったさだけはあいかわらずだね」
「なんだかみんなヒョロっちいなぁ。ちゃんとメシを喰ってるのかい」
「どいつもこいつもスマホってやつを一心不乱に眺めていやがる。器用なもんだよ。よくもまぁ、あれで転ばないもんだ。にしても、そんなに熱心に何を見ているのやら」

 さっきから首のうしろで髪留めがやかましい。
 いや、より正しくは髪留めに化けている生駒がうるさい。
 ふだんは自分の社から外に出ることがないという彼女。人の街に来るのはずいぶんとひさしぶりらしく、見るもの聞くものが珍しいという。
 いったいどれくらいぶりなのかとたずねたら「うーん、テレビが白黒でもっとごっつかった」と言っていた。
 それってたぶんわたしのおばあちゃんとかが若い頃だと思う。
 だったら少しぐらいハシャグのもしようがないか。
 ちなみに生駒の声はわたしにしか聞こえない。おかげでうっかり人前で返事とか反応をしたら周囲から不審がられてしまう。不思議ちゃん認定されてしまうから気をつけないと。
 髪留めといっしょに渡されたお守り袋の方は、生駒に言われるままに首から下げて胸元に忍ばせてある。
 中に入っている小石は「願い石」というモノ。三つの仕事をがんばるほどに幸福値が蓄積されて、達成されたあかつきにはわたしの満願成就となるらしい。だから大切にするようにとも言われている。

  ◇

 わたしは嘆息しつつ通学路を早歩き。
 今朝はいつもより早く起きたのにもかからず、生駒からの質問攻めに付き合っているうちに、家を出るのが遅くなってしまった。外に出たら出たでずっとあの調子だし。
 急がないと遅刻してしまう。ヨーコ先生は優しいから怒らないだろうけど、バカな男子たちに笑われるのはイヤだもの。あいつら、なんでもかんでも大袈裟に騒ぐからあんまり好きじゃない。霧山くんとはおおちがいだ。
 あぁ、霧山くんっていうのが例のキラキラ王子さまのことね。
 モテる男は女子をからかったりなんぞしない。むしろ「どうかしたの? だいじょうぶ」とかさらりと言えちゃうんだから。
 そんなステキな彼と、もしかしたら両想いに……。でへへ。

 赤信号中。

 待っている間に、少しばかり乙女な妄想に浸っていると、ふいに「いかん、結。あの子を止めなっ!」との生駒の鋭い声。
 ビクっとして見れば、二年生ぐらいの女の子が横断歩道を渡ろうとしていた。
 どうやら道の向こうに仲良しの子を見つけたために、うっかり駆け出してしまったらしい。
 車の姿がなかったから「ちょっとぐらい」と考えたのかもしれない。
 でもそんな時にかぎって大型トラックが左折で侵入してきたものだから「危ないっ!」
 とっさに叫んでわたしも駆けだす。
 タタタタと遠ざかる赤いランドセル。思いのほか女の子の足が速い。いや、わたしが遅いだけか。
 トラックがずんずん迫る。運転手が女の子に気づいている様子はない。死角に入って見えていないのかも。このままだと間に合わない、巻き込まれる。
 わたしは自分のランドセルを放り出し、身軽になっていっきに駆けた。
 ただただ夢中だった。
 気づいたときには女の子を抱きかかえて、横断歩道の向こう側に転がっていた。
 トラックは何も気づかぬままに走り去り、助けられた女の子もキョトンとしている。
 わたしも周囲からわいた拍手と歓声でようやく我に返った。

「でかしたよ、結。あんたはやれば出来る子だと思っていた。さすがはあたいの相棒だよ」

 生駒からの称賛は適当に聞き流しつつ、自分が助けられたことを知った女の子から「ありがとう、おねえちゃん」と礼をいわれて「今度からは気をつけなくちゃダメだよ」と少しばかりお姉さんぶってみる。
 そんなわたしへ「はい、これ」と差し出されたのは、先ほど放り出した自分のランドセル。
 どこのどなたか存知ませんが親切にありがとう。頭を下げて受け取ろうとしたところで、わたしはギョッ!
 だってランドセルを拾ってくれたのが、憧れのキラキラ王子さまだったんだもの。

「えっ、なんで、どうして? 霧山くんの家ってばこっちじゃなかったよね」

 驚きのあまりついそんなこと口走ってしまった。よくよく考えたらけっこうマズイ台詞かも。だってとくに親しくもないクラスメイトに自分の家の場所を把握されているのとかってヤバくない? もしかしたら気持ち悪い女とか思われちゃったかも。
 しかしそれはわたしの杞憂であった。
 霧山くんは特に気にした風でもなく、「ほら、ボクってもうすぐ引っ越すだろう。だからなのかなぁ。自分が産まれ育った街のことをもっとよく見ておきたいとか思って、ここのところ登下校の時とかにはあちこち歩いているんだ」とはにかむ。
 照れるイケメン。いいね、ゴチになります。眼福眼福。でへへへへ。
 なんぞと密かに悦に浸っていたら、「それにしてもすごいね、奈佐原さんって」と彼から言われたもので、わたしはさらに舞い上がる。だって王子さまが自分ごときの名前なんかを憶えていてくれたんだもの。
 うれしはずかし、モジモジするわたし。
 その姿を不思議そうに見上げていた女の子。「あー、もしかしておねえちゃんってば、このおにいちゃんのことが」なんぞと言い出したものだから、わたしはあわてて女の子の口をふさぐ。もがもが。
 その時である。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 馴染みのチャイム音。
 わたしたち三人はそろって「「「あっ」」」」


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