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エピローグ 茨道
しおりを挟む一期と千里は北朴鎮病院へと到着した。
院内はあいからずのしっとり具合とガマだらけ、ときどき河童なカオス空間である。
ロビーの受付で、仲間たちの病室の場所を訊ねようとしたところで、星華とルイユにばったり遭遇する。ちょうど退院するところだったらしい。
あれほどの重傷を負っていたわりに、彼女はピンピンしていた。
さっそくネコ奉行が願いを叶えてくれたらしい。出来る男は仕事が速い。
でもルイユの方はまだしんどそう、顔色悪く左足を軽く引きずっている。
だがそれも無理からぬこと。
なにせ本性である魔剣がポッキリ折れたのだから。
それなのにもう人の姿に化けて動けているのだから、たいしたもの。
てっきりくたばったのかとおもいきや、どっこい生きている。
以前に悠人が「妖ってのはしぶといから、妖なんだぜ」と言っていたのは本当のことであった。
にしても……気まずい。
これが少年マンガとかならば、死闘のあとに友情が芽生えたりするのだろうけど、現実はしょっぱい。
拳のかわりに剣を交えたら、埋めようのない溝がより明確になった感がある。
青い双眸にて、星華が無言のままじっとこちらを見つめてくる。
居心地が悪くて、千里はモジモジ。
すると、先にツイと顔をそむけたのは星華の方であった。
「……どうやら借りができたようですわね。いずれきちんと返させていただきます」
唇を尖らせながらボソッと。
それだけ言うと、星華はきびすを返し、さっさと出口へと歩いていく。
ルイユも軽く会釈をしてから、彼女を追おうとする。
「え~と……、ああいうのをツンデレっていうのかしら?」
「……俺が知るか。それよりも待てルイユ・クロイス、おまえに訊きたいことがある。おまえはどうして旗合戦なんていう、カビの生えたものをやろうだなんて言い出したんだ? おまえの目的はいったい何だ?」
足を止め、ルイユがふり返った。
「おや、私の目的ですか? まぁ、もう達成したようなものですし、明かしてもいいでしょう。
いにしえの旗合戦を復活させた理由は、争乱の種を撒くためですよ。
じつは私、愚かな人間も、愚かな人間と馴れ合ってはヘラヘラしている妖も、いまのぬるい世の中も大嫌いで、心の底から幻滅しておりまして。
それで、ちょいとかき回してやろうかなと」
ルイユのオッドアイが妖しく光る。
が、それもほんの一瞬のこと、すぐにいつもの柔和な笑みに戻った。
にしても、である。
彼の行動は、いまの世に一石を投じるみたいなものであろうか。
なんとなく理解できなくもないが、わからないのが「もう達成したようなもの」と言ったこと。
旗合戦に敗れて、暁闇組の訴えは棄却され彼らの望みは潰えた。
企みは失敗したはずなのに……
「おや、フロイラインにはそうみえましたか。たしかに今回は負けてしまいました。
が、これを機に旗合戦は完全に復活しました。皆さま方が派手に暴れてくれたおかげで、かなり周知もされたことでしょう。
終わったこと? もうケリがついた?
ふふふ、いえいえ、むしろ始まるのです。賑やかになるのは、これからなんですよ」
旗合戦は、いにしえより妖たちに伝わる調停の儀。
互いに旗役の乙女を守りながら競い、勝った方の主張が通る。
そんな儀式が三百年の時を経て、現代に蘇った。
紛争の火種、憤懣や不満はあちこちで燻っており、それらに白黒つけるべく、今後は各地で頻繁に旗合戦が催され、活況を呈することになるだろう。
ゆえに終わりではなく、始まり。
これこそがルイユの真の狙いであったのだ。
「では、いずれまたお会いしましょう、フロイライン、粟田一期くん」
どうやらまんまと利用されたらしい。
最初から最後まで彼の手の平の上で踊らされていた。
遠ざかるルイユの背を、一期と千里は呆然と見送るばかりであった。
◇
ルイユの告白。
その衝撃もおさまらぬうちに、さらなる驚愕の事実が千里を待っていた。
病室のベッドにて、包帯だらけのチームメイトらと仲良く並んで寝かされいる万丈が言った。
「お疲れさまセンリちゃん。にしてもセンリちゃんは太っ腹だねえ。まさかせっかくの願い事を、自分の負債に充てるんじゃなくて、ライバルのためにパーッと使っちゃうんだものなぁ。
いやぁ、おっさんは感動した、感動したよ。ウルウル涙腺がゆるんでドライアイも治りそう。
……ところで一期、火、持ってない?
看護師さんにライターを取りあげられちゃってさぁ」
院内は原則禁煙。にもかかわらず、トイレの個室でこっそり吸おうとしてバレたらしい。
という話はどうでもよくって!
「ちょ、ちょっと待ってよ万丈さん、さっき一期も言ってたんだけど、その負債うんぬんって話、いったいなんなの?
私、誰にも借金なんてした覚えがないんだけど」
「ん? あれ? ひょっとして聞いてない? おかしいなぁ。
負債ってのはセンリちゃんのご先祖さまがこさえたもんだよ。
たしか……太郎さんとかいったかな。
竜宮城で散々に飲み食いをしては、連日のどんちゃん騒ぎをしたあげくに、無銭飲食をしようとして、とっ捕まったんだってさ。
豪気なことに、当時の売上ナンバーワンからイレブンまでの乙姫たちを独占して侍らせていたっていうんだから、とんだお大尽遊びさ。
負債はそのときに踏み倒そうとした代金が利子込み込みで、雪だるまみたいに膨らんだ分だね。
ちなみにいまの価値に換算したら、旗役の乙女の報酬で、だいたい五回分ぐらいにはなるんじゃないかな。あっ、でも今回の分を差し引くから、あと四回か。
う~ん、よくよく考えてみたら、おっさん言ってなかったかも。
いやぁ、てっきり一期か蓮あたりから聞かされているものとばかり。
こいつは、おっさんがうっかりしてた、メンゴメンゴ」
旗役の乙女に選ばれる条件。
それは先祖が妖絡みにて、なんらかの不徳を行ったかどうか。
ようはご先祖さまのツケを子孫が体で払うというシステムである。
先祖の太郎という男は、とんだ放蕩者であったらしい。
後悔するも、あとの祭りである。
怒りでプルプル震える千里は声を大にして叫んだ。
「何してくれちゃってんのよ、ご先祖さまっ! ふざけんな、太郎のアホタレ――――っ!」
甲千里の平穏は遠く、負債完済への茨道はまだ始まったばかり……
―― 乙女フラッグ!(ひとまず完) ――
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