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070 亀の願い
しおりを挟む黒子の涅子はネコ奉行の麾下にて、全員が猫嶽に所属する猫又エリートのタマゴである。
だからカワイイ見た目に反して、手先も器用でけっこう強かったりもする。
小粒でもピリリとスパイシー、それが涅子。
それらが束になっては、わっと押し寄せているというのに、すっかり興奮して目が据わっている婀津茅は止まらない。
「けっ、しゃらくせぇ!」
鬼女は群がる相手をポンポン千切っては投げ、千切っては投げ。
ばかりか騒動のさなかに千里と一期を見つけたもので、婀津茅はにちゃりとの笑み。
とっても厭な予感がした千里が「げっ、まさか」とのけ反ったら案の定であった。
婀津茅が涅子らを押しのけては、じょじょにこっちに近づいてくるではないか。
させじと涅子たちが四方八方から鎖分銅を投げつけ、絡め捕り足止めしようとするも、膂力にものを言わせて、婀津茅は強引にズリズリ引きずり進む。
星華・ルイユ戦ですっかりヘロヘロになっているのに、猛る鬼女の相手なんてとてもではないが、付き合いきれない!
一期も同じ気持ちであったらしく、千里とふたりして下がるも、なおも鬼女は止まらない。
ふたりはじきにお白洲の隅へと追い込まれてしまい、万事休す。
するとここで動く者がいた。
誰あろう、ネコ奉行の近山銀五郎許元である。
「やいやいやい、このうすらトンカチのすっとこどっこい。黙っていればやりたい放題……。この神聖なお白洲の場をいったいなんと心得る?
たとえお天道様が見過ごしたとて、この銀五郎が承知しねえぞっ!」
諸肌脱ぎとなった銀五郎。
「シャーッ!」
毛を逆立てるなり、その身がみるみる大きくなっていく、長い尻尾もふたつに割れた。
それこそ筋骨隆々なトラほどにもなったとおもったら、やおら段上から暴れる婀津茅へと襲いかかった。
ネコ奉行と鬼女の場外バトルが勃発!
もの凄い迫力にて、さぞや壮絶な戦いになるだろうと、千里は戦々恐々にて眺めていたのだけれども、さにあらず。
意外とあっさりケリがついた。
勝ったのは銀五郎である。
いかに鬼女が強かろうとて、宮内さんとの戦い、涅子ら相手の大立ち回りをした直後では十全にはほど遠い。
とはいえ、それを差し引いてもネコ奉行は強かった。
猫又エリートおそるべし。
血文字っぽいのでつらつらと呪文が書かれている怪しげな布にて、ぐるぐる簀巻きにされたあげくに、頑丈そうな黒い鎖でさらにぐるぐる、ついでにお札もベタベタ張られた状態にて、猿轡までかまされた婀津茅が引きずられていく。
ようやく静かになったけれども、すっかりぐちゃぐちゃになってしまったお白洲にて――
乱れた着物の襟元を整えつつ、ネコ奉行は言った。
「余計な邪魔が入ったが話を続けよう。して、甲千里よ、お主は我らに何を望む?」
改めて問われた千里は「ふぅ」とひと息ついてから「でしたら私は……」
千里の願い事を聞いて、一期は何ごとかを口にしかけるも途中で止めた。
ネコ奉行は「ほほう、そうきたか」と顎に手をあてニヤリ。
「これはまた奇特なことよ。だが、いいだろう。その願い、叶えてつかわす。
それでは本日のお白洲はこれまでとする」
かくしてお白洲はお開きとなった。
一期と千里はその足で旗合戦の関係者らが担ぎ込まれたという、北朴鎮病院へと向かうことにする。
もちろん怪我をした仲間たちを見舞うためだ。
ただし、病院に到着する頃にはもう彼女は退院しているかもしれないけど。
なぜなら、千里が願ったのは鳳星華の即時快癒であったのだから。
せっかくの願い事。
どうしてそんなことを頼んだのか?
それは……なんといっても彼女は我が淡墨桜花女学院のスターにして、全校生徒の憧れ、期待の星、次期オリンピックでの金メダル有力候補。
当人は周りが浮かれるほどに、どんどん冷めているっぽいけど、それでもなんだかんだで周囲の期待に応えようとしている。
だというのに、もしも自分のせいでメダルがダメになったりしたら、とてもではないが耐えられそうにない!
ゆえに星華には、とっとと元気になってもらって、せいぜいみんなの期待を一身に背負ってがんばってもらうことにした。
……けっして嫌がらせなんぞではない。
◇
フサフサの尻尾をした涅子の案内で、奉行所の出口へ向かう途中――
千里がふと気になったのは、さっきの一期の態度だ。
ネコ奉行に希望を告げるときに、彼は何ごとかを言いかけていた。
どうにも喉の奥に魚の小骨が刺さったようで、すっきりしない。
そこで「ねえ一期、さっき何か言いかけてたよね、なに?」と訊ねたところ。
「……俺はまたてっきり負債をどうにかするのかと。
棒引きは……さすがに厳しいから、いくらか減らす方向で話を進めるのかと思っていたから。
いや、センリがそれで納得しているのなら、べつにかまわないが」
負債? 棒引き? 減らす?
はて、なんのこっちゃい。
わけが分からず、千里は首をひねる。
一期に訊ねるも、彼は気まずそうにツイと顔をそらしてしまう。
その意味を千里が知ったのは、このあと病院にて万丈を見舞った時であった。
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