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068 剣心一如
しおりを挟む飛沫をあげて、二本の線が水面の上をのびていく。
一期と星華だ。
ついに円陣を破られた。
ふたりは並走しつつ、激しく斬り結んでは、星明かりの下を駆ける。
大太刀の刃が翻り、細剣の切っ先が閃く。
ときに刀身と剣身が重なり、ギチギチと鍔迫り合いを演じては、また分かれて走り出す。
かとおもえば、前にいた一期が不意に立ち止まった。
バッとふり返るなり、正面から次々と放つは八種の斬撃。
真向斬り、袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り、左袈裟斬り、左一文字斬り、左逆袈裟斬り、諸手突き。
どれも胆力がのった必殺の威力を秘めたもの。
にもかかわらず、そのことごくが星華の突きや打ち払いで相殺されてしまう。
ばかりか、攻め手が途切れたところで――
いっきに距離を詰めてきた星華が刺突を放つ。
技の戻るタイミングを狙われた、向かうは心臓の位置だ。
これは避けられない。
一期はとっさに刀の刃を寝かせて盾にする。
直後に強い衝撃!
突進により折れんばかりにクンっとしなるレイピア、元の真っ直ぐに戻ろうとすることにより、さらなる反発力を生まれて、すべてが細剣の切っ先へと流れ込む。
瞬間、刀とレイピアの接点にて小爆発のようなインパクトが発生する。
ガツンとした重たい力がいっきに襲いかかってくる。
たまらず一期は後方へと吹き飛ばされた。
「がはっ」
切っ先そのものは辛くも防いだものの、衝撃が全身を突き抜ける。
肺のなかの空気が強制的にすべて押し出された。
くの字に折れた体、受け身はとれず。
まるで石の水切り遊びのように、何度も水面の上を跳ねては滑り、一期の身が転がる。
ようやく止まったのは、星華から二十メートル以上も離れた所である。
一期はすぐに立ち上がろうとするも、その足元がふらつく。
口元を切っており、血も滴っていた。
そんな一期に悠然と向かう星華であったが、片眉をあげて「「あら?」」
さっきまで一期の背に抱きついていた精神体がいない。
いまの衝突でついにこらえきれずに離れたか。
星華は視線を動かし探るも、付近には見当たらない。
「「どこにいったのかしら? さすがにいまので消えちゃったわけではないのでしょうけど」」
小首を傾げつつも、「「まあ、いいわ」」とかまわず一期の方へ。
精神体の千里は攻撃力皆無、たいしたことはできない。
どのみち本体の方さえやっつけてしまえば、それで終わりだ。
しかしその本体の方を預かる一期は、ここで刀を鞘に納めると、腰に差しては居合の構えをとった。
その姿に星華の口角が歪み、嘲りの表情を浮かべる。
「「それは前にも拝見しました。まさかとはおもいますが、同じ轍を踏むおつもりなのかしら。だとしたら、とんだ期待はずれですね。どうやらあなた方を買いかぶり過ぎていたようです」」
第四幕のおり、弥栄ツインタワーズの空中庭園展望台、展望デッキにて一期は渾身の抜刀術を放つも、星華とルイユには通じず。
千里と一期は屈辱的な敗北を喫する。
とはいえ、あの時は黒塚婀津茅のせいで一期の刀身にヒビが入っていた。
だがいまは完治している。
そして千里が思いついた秘策もある。その仕込みのために、すでに精神体の千里はあるところに身を潜めていた。
策がうまくハマれば互角の勝負に持ち込めるはず。
あとは星華がこちらの思惑に乗って、勝負に応じてくれるかどうか。
「ふぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
腹式呼吸にて鼻から息を吸っては、丹田を意識しつつゆっくりと長く吐く。
一期の息吹き。
これ見よがしな呼吸には、自身のコンディションを整えるのと同時に、相手への挑発も含まれている。
それを敏感に察した星華のこめかみの辺りがピクリ。
「「いいでしょう。そんなにあの時の再現をなさりたいのであれば、付き合ってさしあげましょう。ただし、今度はこちらも全力でいかせてもらいます」」
ひゅんとレイピアをひと振りしたのちに、星華は胸の前に剣をかかげて礼の構えをとった。
……
…………
………………
一期と星華、ともに動かず。
無言にてにらみ合っている。
両者の距離は六メートルほど。
常人ならば少し遠い。けれども、いまのふたりなら瞬きの間に詰められる。
じきに足元の水面から完全に波紋が消えて、さざ波すらも止んだ。
雑音も聞こえなくなり、天地を埋め尽くす星も視界から失せた。
互いの瞳には相手の姿だけが映っている。
張り詰めた空気、ヒリヒリとした緊張感が充ちていく。
チャキッ。
かすかに鳴ったのは鯉口を切る音。
それを合図として両者が一斉に動いた。
閃と突、斬と貫、強い妖力と強い妖力、女と女。
妖刀と魔剣が正面から激突する。
刹那――
天地が逆転し砕けるような音がして、盛大な水柱が立つ。
轟っと突風が吹いては水面を席捲した。
◇
ザアザアと降るのは、水柱によって空高くあげられた水飛沫たち。
それらを頬に受けて立っていたのは一期である。
少し離れたところには、折れたレイピアを握りしめたまま、仰向けに倒れている星華の姿があった。
左脇から右胸へとかけてばっくり裂けている。
痛々しい姿、彼女を中心にして血だまりがゆっくりと広がっていく。
「「……なぜ? どう……し……て…………」」
ごほっと血泡を零しつつ、星華は大きく目を見開いている。
その顔をのぞき込んだのは精神体の千里であった。
途中から姿を隠していた千里は、いったいどこにいたのか?
じつはずっと一期のそばにいた、鞘のなかに潜りこんでいたのである。
戦いの途中、たまさか鞘に触れたときに、吸収されるような感覚があったもので「もしかしたら」と試してみれば、イケた。
理屈自体は簡単な話。
妖刀の一期は、その身に戦禍躬としての強大な力をも宿している。
歩く厄災と畏怖されるほどの力。
憑依をして一期の意識が千里の肉体の方へと移ったとき、刀の方には戦禍躬だけが残る。
どちらも強力にて、いまの千里では相席するのは厳しい。
かといって互いの信頼やら親和性がおいそれと高まるわけもなく。
だがここに盲点がひとつあった。
それが鞘の存在である。
鞘もまた一期の一部ながらも、戦闘中には無用の長物に等しい。
じつはこの鞘こそが、いまの千里にとっては都合がいい優良物件であったのだ。
精神体の千里が鞘へとり憑くことにより、疑似的に親和性を高めたがゆえの勝利であった。
『とはいえ、ぶっつけ本番にて出たとこ勝負。一か八かの賭けであったことは否めないけどね』
「「……そんなバカ……な」」
限界を迎えた星華がガクリと意識を失う。
それを見届けてから、精神体の千里は自分の肉体へと戻った。
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