乙女フラッグ!

月芝

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063 四の鳥居

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 総勢十二名からなる集団も、ふたりずつ欠けていき、はや半分となった。
 背後から聞こえる潮騒が遠い。
 暗い岩窟内、一行は奥にあった四の鳥居をくぐる。
 とたんに、ブルリと震えて「へくち」
 千里はくしゃみした。
 ぐっと気温が下がった。
 鳥居の先では、雪が深々と降っていた。

 一段一段がしっかりとした重厚な石造りにて、奥行、幅ともに広い。
 両脇を守るように固めているのは、まるでお城の石垣のような壁。
 地面はすべて石畳が敷かれている。
 十三段ごとに設けられた踊り場もまた同様であった。
 用いられているのは、すべて大きな石ばかり。
 歪みは見られない。巨石を一分の隙もなく組みあげ、平らに仕上げている。
 高い技術力があるがゆえの成せる業。
 そして巨石は権力の象徴でもある。
 なぜなら探して掘り出し、遠方より運んでくるのには、多大なる労力と時間、費用を必要とするから。硬く重いがゆえに削り加工するのも一朝一夕とはいかない。
 現代とは違い運搬技術が発達していなかった時代ならば、ほとんどを人力でまかなうので、なおのこと。
 庭の石ひとつ運び込むだけでも、たいへんだ。
 にもかからわず、この場所には惜しげもなくふんだんに使われている。
 奥へと伸びたシンメトリーは美しく、力強く、見る者を圧倒する。
 それが雪化粧をまとう姿の、なんと風流なことか。

 ――この場所には、静かに降る雪がとても良く似合う。

 まるで時代劇のワンシーンのような光景。
 千里は前へと進むのを躊躇する。
 自分の足跡で、この世界を穢したくないから。
 一行は立ち止まり、しばし無言にてこの情景に見とれる。

 五分ほどもそうしていただろうか。
 沈黙を破ったのは婀津茅であった。

「……ったく、本当は妖刀の兄ちゃんとしっぽり殺り合いたかったんだが、しょうがないねえ。そっちの嬢ちゃんとうちの姫さん、旗役の乙女同士、いい感じに互いを意識して盛り上がっているみたいだし。
 これで横槍を入れたら、とんだ野暮天だ。
 あたいもそこまで無粋じゃないさ。今回は姫さんに譲ってやるよ。
 というわけで……雷獣の旦那、悪いけど付き合ってもうらぜ」

 雷獣の旦那とは、今日もブランド物のスーツ姿がビシっと決まっている宮内さんのこと。

「しょうがありませんね。ですが、まぁ、無難な選択でしょう」

 応じながら宮内さんは眼鏡をはずして、上着の胸ポケットへとしまった。
 だけでなく、左手の薬指にはめていた指輪もはずして、こちらは丁寧にハンカチにくるんでから、内ポケットの方へとしまう。
 わざわざ結婚指輪をはずすことに、千里が小首を傾げていたら、宮内さんは少しはにかむ。

「あぁ、これですか? いえね、この前の旗合戦のおりに、うっかり傷をつけてしまいまして。小さなすり傷程度でしたが、それを妻に見咎められまして、言いつくろうのにずいぶんと苦労したものですから」

 とんだラブラブ夫婦!
 理由を知って、千里まで顔がちょっと赤くなる。
 にしても、なにげに奥さんの眼力が凄い。
 以前に一期は宮内さんのパートナーのことを「菩薩みたいな人」と、万丈は「とても良く出来た人」と言っていたけれども、どうやらそれだけの女性ではないようだ。
 それとも自分が知らないだけで、世の奥さま方はみんなこんな感じなのであろうか。
 千里は腕組みにて「う~ん」

  ◇

 一期と千里、ルイユと星華。
 四人が第五の鳥居をくぐるのを見届けたところで――
 さながら時代劇の決闘シーンのように、石段で対峙する黒塚婀津茅と宮内啓一郎。

「……行ったな」
「……行きましたね」
「ところで、あのふたり、雷獣の旦那はどっちが勝つとおもう?」
「もちろん甲さんが……と、言いたいところですが、正直、かなり厳しい戦いになるでしょう」
「ほう、そのわりには、あっさり行かせたもんだねえ」
「ええ、たしかに現時点での両者の力量差は明確です。そちらの旗役の乙女が、稀有な存在なのは認めざるをえません。
 ですが、こちらの彼女もなかなかどうして」
「そうかい? あたいの目には、わりとどこにでもいる嬢ちゃんに見えたけど」
「ふっ、だとしたらとんだ節穴かと」
「くっくっくっ、言ってくれるねえ。ちなみにその根拠は?」
「いえね、そんなに難しいことではないのですよ。そもそもの話、『ごく普通』の『ありふれた』『どこにでもいる』『ただの娘さん』が、ここまで我々の争いについてきていること自体が奇跡のようなものでして」
「それは……たしかに奇跡というか、奇妙な話だねえ。そうそうマグレは続かない」
「でしょう? これまでの奮闘ぶりからして、かなり神経が図太い……おっと失礼、いささか言葉が過ぎました。
 もとい、どうやら甲さんには、ここぞという時に発揮される瞬発力というか、勝機を手繰り寄せる力というか、そういうものがあるような気がしてならないんですよ、私は」
「へえ、そいつは面白い。なら、とっととあんたをぶちのめして、見物に行くとするかな」
「おや、そんなことを許すとおおもいで?」

 その瞬間、びゅるりと風が吹き淡雪が舞う。
 互いの姿が消えた刹那。
 石段に雷光が煌めき、鬼女の斧が轟と唸った。


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