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062 三の鳥居
しおりを挟む老杉の木立ちに囲まれた石段参道を通り、三の鳥居をくぐる。
途端に聞こえてきたのは、轟々という海鳴りであった。
青き波濤が岸壁へと押し寄せては、白波が翻り舞い踊る水飛沫、風に混じって濃密な潮の香りが届く。
たちまち世界から緑が一掃されて、碧に占拠された。
森林の匂いもすっかり失せた。
景色が山中から一変し、海沿いの崖となる。
燦燦と輝く太陽、降り注ぐ夏の陽射しに目を細める。
海原を望む断崖沿いに通された石段は、もとからあったであろう岩を削って整えたもの。
うっかり落ちれば海の藻屑だが、欄干が設置されてあるので、身をのり出さなければ大丈夫。
……にしても美しい。
潮香る崖に朱色の欄干が鮮やか、海の碧と空の蒼に朱が交わることで生まれるのは、絶妙な色彩美。
雨風などにより浸食され、ゴツゴツとした奇岩群もいいアクセントになっている。
雄壮にして華麗、それでいてどこか滅びの気配をも漂わせている。
半ばまで石段をのぼったところで来た道をふり返れば、また違った趣があって、おもわず「ほう」と感嘆の声が零れた。
上から見下ろすと、この地を形成するすべてを一度に視界へ収められる。
この景観――まごうことなき名勝。
庭園のような人文的名勝の要素がありつつも、自然的名勝として成立しているのが素晴らしい。
さりとて安易な融和の産物などではなく、むしろもっと荒々しい。
これは拮抗……
自然と自然、自然と人と、鎬を削り、鍔迫り合いを重ねることで到達した境地とでも云おうか。
けっして、なあなあでは済まさない。
厳しくとも、痛くとも、ぶつかり合うことで成せることもあるのかもしれない。
この地に立ち、その景色を眺めているうちに、千里はそのことをおぼろげながら理解する。
◇
四の鳥居は、この石段をのぼった先の岩窟の奥にあるという。
岩窟の入り口手前まできたところで……
「じゃあ、ここはボクが引き受けてやるよ」と悠人が言った。「で、そっちは誰がやるの?」
これに「ふぇ、ふぇ、ふぇ」笑って応じたのは、暁闇組チームの福禄寿のパチモンっぽい老爺であった。
「あいわからず活きのいい小童じゃて。この爺が相手をしてやろうかのぉ」
朽木杢阿弥と名乗る老爺。
彼こそが第三幕の七曲霊園にて大量の木人らを操っては、千里たちを追い詰めた張本人であったのだ。
悠人と杢阿弥。
これまた因縁対決となった。
互いに手の内を知らぬ者同士よりも、ある程度見知った相手の方が戦いやすい。
それを見越して一連の流れを作ったのだとしたら、万丈はやはり喰わせ者だ。
「本当に大丈夫なの?」
気を揉む千里に、
「大丈夫だって、任せときな。前の時は場所が悪かったけど、ここならボクの独壇場さ」
と悠人は不敵な笑みを浮かべては、自信を滲ませる。
悠人の正体は「すねこすり」という妖。
その能力は視界内の任意の場所に、不可視のブロックを出現させるというもの。ブロックは空中にも固定できるので、身軽な悠人は足場にして宙を駆けることも可能だ。
たしかに、ここのような地形との相性は良さそうである。
では、杢阿弥はどうであろうか。
周辺は岩だらけにて、地面は硬く、植物はちょろっとしかない。これでは木人は召喚できないだろう。一見するととても不利そう、だが、それならばどうして進んで戦おうとする? 第三幕のときにみせた用心深さ、したたかさからして、ひとくせもふたくせもあるのは明白……
「ほら、センリたちはとっとと行けよ」
悠人に急かされ、千里たちは岩窟へと入っていく。暁闇組チームもこれに続く。
コツコツと岩屋内に響く足音。
それが完全に聞こえなくなったところで――
「おいおいジイさん、そんな芸当まで出来るのかよ」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ、この程度、造作もない。伊達に長生きはしておらん」
ムクリと立ち上がったのは、岩と蔓が寄り集まった巨人。
大木人の岩石バージョン!
首の後ろのあたりに、ずぶずぶと杢阿弥の身が埋まっていき、じきに完全に見えなくなった。
これこそが杢阿弥の秘策であったのだ。
「にしても、ここまで来る間、まるで生きた心地がせなんだわ。おまえら、よくもあんなのといっしょにいて、平気な顔をしていられるのぉ」
「あんなの? 誰のことだよ?」
「粟田一期じゃよ。ずっとどこかで見かけたことがあるとおもっておったが、ようやく思い出した。あれを見たのは戦場じゃった。
昔に比べたら、ずいぶんとしおらしくなっておるからすぐには気づけなんだが……、ありゃあ戦禍躬じゃないか。
あれこそまさに歩く厄災。
儂もたいがいだが、さすがにあれには負ける。とんだバケモノよ。
そんなものとまぁ、よくも仲良くなんぞしていられるものだ。
うん? もしかして知らずに付き合っていたのか。
だとすれば、とんだお笑いぐさじゃて。ふぇ、ふぇ、ふぇ、ふぇ」
杢阿弥が嘲笑する。どうにもカンに障る笑い声。
これに顔をしかめて、悠人は「チッ」と舌打ち。
「さっきからピーチクパーチクとうるせえなぁ、他人の過去をベラベラと。もう、いい加減に黙れよジイさん。
あんた……かなりカッコ悪いぜ」
蔑みの目にて、悠人は後背部に差していた二本のサバイバルナイフを抜くなり、巨人めがけて駆け出した。
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