乙女フラッグ!

月芝

文字の大きさ
上 下
59 / 72

058 都市伝説

しおりを挟む
 
 すぐに北朴鎮病院を退院できた千里。
 これに遅れること二日(院外の時間換算にて)、一期も戻ってきたものの、青年は「……迷惑をかけた。次は負けない」としか言わない。
 第四幕での敗北は、あくまで自分が不甲斐ないせいだとし、言い訳しないのは立派だけれども。
 あいかわらず一期はぶっきらぼうにて、必要なこと以外はほとんど口にしない。
 一期の過去について、ほんのさわり程度だが知ってしまったこともあって、千里はどうにも気まずい。
 以前よりもむしろ心の距離が開いたような気がする。
 さりとてデリケートな問題ゆえに、おいそれとは踏み込めず……

 ここのところ、千里はずっとモヤモヤしている。
 そのため授業にもちっとも身が入らない。
 すっかり上の空にて、ノートの端っこに落書きなんぞをしている。

「こら、チーリーちゃーん、授業中もぼんやりして、いったい何をしてるのかとおもったら……、それってロレーヌ十字? ジャンヌ・ダルクの」

 背後からひょいと覗き込みながら、そう声をかけたのは麻衣子であった。
 とっくに授業が終わって休み時間になっていた。
 声をかけられて、千里はぴくり。
 とくに意識することなくペン先を走らせていたら、いつの間にやら一本の縦棒とそれに交差する二本の横棒からなる、複十字をいくつも描いていた。
 星華が手にしていたレイピア、そのナックルガードにあった模様。
 だがジャンヌ・ダルクと言われて、千里は首を傾げる。
 いや、もちろんいかに世界史の成績が奮わない千里とて、その名前ぐらいは知っている。

 オルレアンの乙女……
 神の啓示を受けてフランス軍に従軍し、イングランドとの百年戦争に参戦し勝利を収め、占領されていた都市をいくつも解放、のちにフランス王シャルル7世の戴冠を成功させた人物。
 ただし、その末路は悲惨だ。
 イングランドの捕虜となり、異端審問にかけられ、わずか十九歳で火刑に処されてしまう。
 没後二十五年を経て、名誉は回復されてフランスの守護聖人の仲間入りをしたが、当人からしたら「ふざけんな!」であろう。

 そんなジャンヌ・ダルクの象徴がロレーヌ十字であったと、麻衣子が得々と語る。
 ベルサイユのばらのマンガの大ファンである麻衣子は、その延長でフランスを中心にした中世ヨーロッパの歴史にもけっこう詳しかったりする。

 友人の話にフムフムと適当に相槌を打ちつつ、千里が想い浮かべていたのは星華が手にしていたレイピアのこと。
 あれは魔剣――その正体はルイユ・クロイスだ。
 彼もまた一期と同じく剣の化生。
 そのナックルガードには、たしかにロレーヌ十字の紋章が刻まれてあった。
 だたし、ざっくり斜めに切り裂かれていたけれども。
 その気になれば直せたはず。
 なのに紋章を傷つけたまま、あえて放置している。
 明確なる拒絶、叛旗を感じずにはいられない。
 そして十字架といえば神をあらわすもの……

「……そのわりには、あの人ってば神父さんの格好をしているんだよねえ」

 千里はぼそり。
 あの一期が「得体が知れない」とずっと警戒している相手。
 もしも本当に敬虔な信徒ならば、あんな傷を放っておくわけがないはず。
 だとしたら、アレはいったい……

「ん? チリちゃん、いまなにか言った」
「ううん、ごめん、なんでもナイ、続けて」

 千里は慌てて手を振り誤魔化す。
 さらにウンチクを披露する麻衣子。
 にしても……長い。
 よくもまぁ、次から次へと出てくるものだ。
 いい加減、千里がげんなりし始めたところで、麻衣子が気になることを口にした。

「でね、ジャンヌ・ダルクといえば、じつは面白い話があるんだ」
「面白い話?」
「うん、彼女の愛用していた聖剣があるんだけど、長いことその存在自体が疑問視されていたんだ。でも、じつは本当に実在していたんじゃないかって都市伝説があって……」

 この話を聞いた瞬間、千里はハッとする。
 が、すぐに首を振り「さすがに、まさかねえ。いくらなんでもありえない」と自分の思いつきを否定したところで、ようやく次の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
 麻衣子はまだまだ語り足りないといった感じだが、千里はやれやれ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...