乙女フラッグ!

月芝

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057 戦禍躬

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 第四幕で負傷した一期と千里が担ぎ込まれたのは、妖らが運営する北朴鎮病院である。
 ちなみに北朴鎮は「ぽくぽくちん」と読む。
 ……縁起でもない。
 ふざけた名前だけれども、多種多様な妖らの治療をしているだけあって、けっこう優秀だったりするそうな。

 場所はヒミツ。
 時間の流れが外と比べて緩やかにて、ここで丸一日過ごしても、外では半日程度とのこと。
 病院自体は木造で古めかしい。
 廃校になった田舎の小学校のようで、空気がちょっとジメジメしている。

 院内でとくに目を引くのは、白衣姿でうろつくガマたちだ。
 ガマナースの聡子さんだけでなく、病院関係者にやたらとガマ頭が多い。
 右を向いても左を見ても、ガマ、ガマ、ガマ……
 あと、それに混じって河童っぽいのもいた。
 では、どうしてこんなにガマガエルだらけの病院なのかというと、昔からガマの油は傷薬として重宝がられていたから。
 河童の妙薬も同様にて、その流れから自然と医療関係に従事する者が増えていったという。
 えっ、医師免許?
 ハハハ、そんなものあるわけがない。だって妖だもの。
 あとフロッグジャックなる凄腕の医者がいるらしいけど、べつに高額な治療費は請求していないとのこと。

 目を覚ました千里は、巡回にきたガマナースの聡子さんから「この様子ならもう大丈夫そうね、すぐに退院できるわよ」と太鼓判を押してもらう。
 ペロペロ舐められる治療方法、ビジュアル的にはアレであったが、効果はてきめんだった。
 でも、そうなると気になるのが一期の容態だ。

「いっしょに運ばれてきた患者さんね? 彼の場合はもう少し時間がかかるかも。ちょっと特殊な症例だって担当の先生がおっしゃっていらしたから。
 そうねえ……、四日ぐらいは入院が必要かも」

 と聡子さん。
 けっこう具合が悪そうだったのに、たったの四日で治ると聞いて千里はホッと胸を撫で下ろした。

  ◇

 一期が収容されているのは、病院内でも隔離された場所。
 特殊な症例の患者ばかりが運び込まれる区画。
 痛みがひいて動けるようになったところで、千里は「一期の見舞いに行きたい」と言い出す。
 これを受けて、チームのメンバーら全員で彼の病室を訪れてみたのだけれども。

「……えーと、ナニこれ?」

 千里は大きく目を見開き、あんぐり。
 治療を受けて入るはずの青年が、なぜだか全身を縄でぐるぐる巻きにされては、怪しげな魔法陣の真ん中に寝転がされている。
 縄には梵字の札がベタベタ張られており、まるで悪霊退散!
 どこからどう見ても治療というよりかは、調伏ちょうぶくの儀式にしかおもえない。
 治すどころか、御祓いしちゃうの?
 一期はぐったりした様子にて、猿轡までされている。
 いつもは前髪で隠れている目元があらわとなっているも、目は閉じたまま。
 万丈からは「薬液の入った水槽に漬けられている」と聞かされていたのに、ぜんぜんちがう!

「ちょ、ちょっと! 一期ってば本当に大丈夫なの?」

 驚くままに、ついフラフラと魔法陣に近づく千里であったが、その肩をうしろから万丈が掴んで止めたところで、一期がカッと目を開けた。
 でも、その目を見た瞬間に、千里はヒュッと息を呑む。

 ――狂犬の眼。

 強い憎悪と怒りを孕んだ瞳。
 視界に入るモノみな敵、すべてに牙を突き立て、噛み千切り、蹂躙せねば気が済まない。
 そんな眼であった。
 強烈な殺意と間近に接して、千里がおもわずよろめく。
 それを支えつつ、万丈が説明する。

「この治療で間違っちゃいないよ、センリちゃん。どうやら薬液の方は済んで、次の段階に入ったようだ。
 一期の場合は刀身にヒビが入ったこともさることながら、表層に施されていた封印にほころびが生じたことの方が問題だったんだ」
「封印?」
「あぁ、一期は妖刀の化生……付喪神の一種だけど、センリちゃんは付喪神について、どれくらい知ってるかな」
「……付喪神ってたしか、長いこと大切にされていた道具に命が宿ったものだよね」

 千里がうろ覚えな知識を口にすると、万丈はうなづく。

「だいたい合ってる。でもね、ひと口に大切にするといっても、いろいろあるんだ」

 例えば、大工の道具ならば日常的に仕事で使われ、手入れもされる。
 優れた職人ほど手に馴染んだ道具を粗略には扱わない。
 これが茶器の類ならば、逸品であるほどに特別な席でのみ、箱から出されて使われ、それ以外のときには大切に保管されている。
 でも刀の場合は、おおむねふた通りの道がある。
 ひとつは、茶器同様に大事にされつつ、歳月を経て化生へと至る道。
 いまひとつは、斬って、斬って、斬りまくって……己が身を朱に染め、他者の命を喰らい続けることで至る道。
 だからとて刀に正邪の区別はない。
 功罪は手にした者次第にて。

 一期の場合は後者であった。
 様々な持ち主の手を経て命を刈り続けること幾星霜。
 妖刀としての自我を得てからは、妖退治を生業とする者らに珍重された。
 さらに歳月を経て、ついには人化の術を身につけ、己が足で出歩くようになったとき。
 一期は周囲から「戦禍躬いくさがみ」と呼ばれ、畏怖される存在になっていた。

 戦禍躬は争乱の気運が高まる場所に、どこからともなくふらりとあらわれては、人も獣も妖もお構いなし、立ち塞がるものすべてを血祭りあげ、また別の地へと向かうを繰り返す。
 とある大社の女性宮司により凶行を止められるまでに、一期が渡り歩いた戦場は百を優に超えていたという。

 いま現在、一期に施されている治療は封印の再構築。
 幸いにもほころびはわずか、修復は可能で完了すればいつもの一期に戻るという。目つきもずっと穏やかなものになるそうだけれども。
 初めて一期と憑依したあとに見た、奇妙な夢のことを千里は憶い出す。
 もしもあの夢が一期の誕生にかかわるものならば、あれからいったい彼の身に何が起こったのか?
 自分たちは……あまりにも互いのことを知らなさすぎる。
 そのことをより強く痛感せずにはいられない千里であった。


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