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056 智の章、終局
しおりを挟む瞼を開けたら見知らぬ天井であった。
簡易なパイプベッドに寝かされている。
保健室みたいな場所だが、ところどころが古ぼけており、照明は橙色の裸電球のみ。
(う~ん、なんてレトロチック。LEDじゃないだなんて、いまどき珍しい……)
寝ぼけまなこで、ぼんやりそんなことを千里が考えていたら、横合いからひょいと覗き込んでくる者がいた。
白衣姿の看護師さん。お胸がけっこう大きい。
エロいな、とついオヤジ目線になっていた千里であったが、首から上へと視線を移動させたとたんに絶句する。
頭部が三白眼のガマガエルだった!
まさかのガマナースの登場に固まる千里、顔をガマの長い舌にてベロンと舐められたもので、ついに限界を迎える。
コテンと千里はふたたび気を失った。
……
…………
………………
どれぐらい寝ていたのだろうか。
周囲にてガヤガヤと声がする。
なんだか奇妙な夢をみていたような気もするけど。
恐る恐る瞼を開けたら、見知った顔があったもので千里はホッとした。
枕元の椅子に腰かけ足を組み、宮内さんがナイフ片手に器用にリンゴの皮をむいている。万丈と悠人は白桃を取り合っていた。蓮がそれをたしなめている。
夕凪組チームの面々だ。
でも、そこに一期の姿はない。
――っ!
ビルの屋上でのことを思い出し、千里はがばっと上体を起こすも、とたんに「アイタタタタ」とうずくまる。
アバラが軋んで腹筋全般がバッキバキ、酷い風邪のときの症状に似た痛みに悶絶。
「ぐぬぬぬ」
涙目で痛みに耐えている千里に、「まだ動いてはいけません。ようやく骨が繋がったばかりなのですから」と宮内さんがやんわり諭す。
「で、でも……、一期が……あいつ、体にヒビが入ってた。もしも折れてたら」
宮内さんは優しく背中をさすってなだめようとするが、なおも一期の身を案ずる千里に悠人が言った。
「なぁに心配いらねえよセンリ、たとえ折れたところで死にやしない。妖ってのはしぶといから、妖なんだぜ」と桃をガブリ。「かー、うめえ! やっぱり一玉千円近くする高い桃はちがうなぁ」
万丈もバナナ片手に「そうそう、一期はいま療養のために別室で薬液の入った水槽に浸かってるから」とモグモグ。
だが、そう言った万丈の胸元も包帯が幾重にも巻かれている。
痛々しい姿に、千里はちっとも安心できない。
「コラ、あなたたち! それはセンリちゃんのお見舞いなのよ。なにを当たり前みたいに食べてんの」
蓮が目くじらを立て説教するも、ふたりは右から左に聞き流し口を動かしている。
それを横目に、宮内さんが教えてくれたのは第四幕の顛末について……
◇
屋上は展望デッキでの星華との一騎討ち。
敗れた一期=千里は、衝撃にてビルの外へとはじかれた。
意識を失い、そのまま落下していく。
あわやのところを助けたのは、宮内さんであった。
十五階の渡り廊下にて、単身、婀津茅と夾竹をまとめて相手にしての奮闘中のこと。
過熱する戦い。その余波で渡り廊下の屋根や壁は消し飛び、もはや吊り橋のごとき頼りなさと成り果てる。
いよいよ、足場がもたないか、という時のこと。
ずっと上の方にて、とても強い妖力同士のぶつかりを感じた。
おもわず全員が手を止め、空を見上げる。
すると大太刀を抱きしめたまま落ちてくる千里の姿を確認したもので、宮内さんは雷獣の能力にて、すぐさま戦闘を放棄し救助へと向かったという次第。
あと余談だが、いまお世話になっている場所は妖らの営む病院にて、さっきのおっぱいの大きなガマナースは聡子さんというそうな。
でもってガマの油と唾液は怪我にとてもよく効くんだと。
◇
千里は宮内さんに礼を述べてから、仲間たちに頭を下げる。
「ごめん、負けちゃった」
しょんぼりする千里に、みなは「気にするな」と優しい言葉をかけてくれるけれども。 負けた原因はわかっている。
一期と千里。
星華とルイユ。
勝敗を分けたのは、技の精度だ。
一期と千里の憑依、星華とルイユのエル・フェリーク。
呼び方は違えども、ともに化生の姿となり宿主と共に戦うというもの。
この技の鍵となるのが親和性である。
本来ならば千里の精神体は外へとはじかれることなく、体内に留まり、ともに戦うことが可能で、その状態の方が強い。ひとつの肉体にふたつの魂が宿ることで分離しているときよりも、さらに強い力を発揮できる。
だが現在は、肉体の主導権を一期に渡し、千里は精神体となって外部へと押し出されてしまっている。
技としては未完成なのだ。
でも、星華とルイユは違う。
あの力……あの剣捌き……なによりもあの目……
青と金のオッドアイは、きっと高い親和性を実現した証。
星華はルイユを受け入れ、その力を自分のものとして使いこなす。
ルイユもまたそんな彼女を信頼し、己が身を委ねていた。
剣身一体。
共に手を携え、協力し、しっかりと一緒に歩んでいる。
比べて自分たちはどうだ?
旗合戦が始まってからこっち、いったい何をしていた?
負けるべくして負けた。
その事実に、千里は拳をギュッと握りしめ、うつむいたまま下唇を噛む。
旗合戦の五番勝負、第四幕を制したのは暁闇組と星華。
これで二勝二敗。
勝敗の行方は、次の最終戦・第五幕の結果いかんとなった。
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