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055 妖精の羽
しおりを挟むしばしその場にて斬り結んだのち――
一期と星華は美術館から外へと飛び出した。
ふたりは足を止めることなく、ぶつかっては離れ、ぶつかっては離れを繰り返す。
剣撃の応酬、銀閃が飛び交い火花を散らす。
小川に渡された橋の上に差し掛かったところで、両者は踏みとどまり激しく打ち合う。
突き、斬る、払う、薙ぎ、鍔ぜり合いでは鎬を削る……
瞬く間に数十合も刃を交えたか。
西洋剣術と日本の剣術の全面対決! 互いに一歩も退かず
だが、苛烈な戦いに足場となっている木造の橋が先に悲鳴をあげた。
どちらともなく再び移動を開始する。
追いつ追われつ、いつしか一期と星華は小径をそれて木立ちへと踏み込む。
だがこれにより、星華は地の利を得た。
木々の中で振り回すには大太刀は長すぎる。
一方で突き主体で戦うレイピアは、さして影響を受けず。
針の穴を通すかのごとき精確無比な突きが、一期へと襲い掛かる。
木を盾にしてかわす一期であったが、息つく間もなく次々と切っ先が飛んでくる。
それどころか、ときおり木の幹をも貫通する。
凄まじい刺突、圧倒的かつ多彩な手数に一期が押されている。
だがしかし――
ふたりの戦いを上空から見ていた精神体の千里は釈然としない。
まず一期の動きが精彩を欠いている。どこがどうとは言えないが、ふだんのキレがないような気がする。息も乱れており、肩を上下させている。
もしかしたら、いつも以上に長いこと憑依を続けているせいかもしれない。
だがそれにもましておかしいのは、星華だ。
……あまりも動きが良すぎる。
いかに次期オリンピックで金メダルの最有力候補とはいえ、しょせんは人間だ。憑依状態の一期の敵ではないはず。
なのに対等に渡り合うどころか、じょじょに押しさえしている。
いや、より客観的に判断すれば、開始直後から両雄の力は拮抗していなかった。
最初の一刀、一合目の衝突にて、ほんの半歩ながら押し負けたのは一期の方であったのだから。
木立ちの中では分が悪い。
一期はきびすを返し移動を始めるも星華は追いかけず、これを見送った。
遠ざかる背、その方角から一期がどこに向かっているのか、すでに目星をつけているようで、悠然と歩いてついていく。
◇
一期が選んだ場所は、市内が一望できる展望デッキであった。
ただし、キレイな夜景はどこにもない。
あるのは見渡す限りの闇ばかり。
いまは大禍刻、このビル一帯は隔離された異空間となっているせいだ。
ここならば存分に大太刀を扱える。
一期は呼吸を整えつつ刀を鞘に戻すと、居合の構えをとった。
鯉口を切り、剣を鞘から抜きつつ一撃を加え、続く太刀捌きにて連撃を放ったのち、刀身についた血を振るい、納刀へと至る。
抜刀術は、日本刀ならではの技にて他に類をみない。
だがその起源は不明にて、ずっと昔から自然に存在しており、幾百もの流派を経て研鑽されてきた歴史を持つ。
江戸時代の末期には、二百を越える流派が存在していたという。
惜しむらくは、現代においてその多くが失伝してしまっていること。
まるで一期が準備を整えるのを待っていたかのようにして、木立ちの奥より星華があらわれた。
「「なかなか楽しかったけれども、そろそろ時間切れのようね」」
金と青のオッドアイが妖しく光る。
発した声が二重に聞こえる。
それも男と女の……
女の声は星華のもの、そして男の声はルイユ・クロイスのものであった。
これを受けて「……なるほど、そういうことか」と一期は独りごちるも、千里はさっぱりにて。
『えっ、そういことってどういうことなのよ、一期?』
「……どうもこうもない。ようはルイユは俺の同類ということだ、センリ」
『同類ってことは……ハッ、まさか!』
宙空にて驚く千里に、星華が目を細めてニィとの笑み。
粟田一期は妖刀の化生である。
ルイユ・クロイスは妖刀ならぬ魔剣の化生!
いま星華が手にしているレイピアこそが、ルイユの正体であったのだ。
そしてこれこそが星華が憑依状態の一期をも圧倒していた、からくり。
一期と千里が憑依することで超人的な力を発揮するように、星華とルイユもまた似たような技を発動させていたのだ。
「「エル・フェリークという技よ。妖精の羽根という意味らしいけど、体がとても軽いわ。イメージ通りに動ける」」
レイピアの美しい刀身をながめながら、星華はうっとりした表情を浮かべる。
でも、すぐに真剣な面持ちに変わり「「さて、名残りは尽きませんが、そろそろおしまいにしましょう」」と言った。
展望デッキにて向かい合う一期と星華。
緊迫した空気に妖力が混じっては、みるみる膨れあがり、ついに限界を迎えた時。
ふたりは同時に動く。
鞘走る大太刀、風が唸り、抜き放たれた刃が猛然と疾駆する。
真っ直ぐに突き入れられた切っ先、レイピアが立ち塞がるものすべてを貫かんとする。
両雄の放った剣撃が正面から激突!
刹那、燦爛たる光が生じる。
衝撃波が一帯を席捲し、暴風が吹き荒れた。
あまりのことに、空中庭園展望台を囲っているガラスが粉々に砕けてしまう。
そして……
最後まで立っていたのは――星華。
一期=千里の身が宙を舞う。展望デッキからはじき出され、ビルの外へと落下していく。
なおも手放さぬ大太刀、その刀身にはヒビが入っていた。
一期が不調の理由を、いまさらながらに知った千里であったが、彼女の意識もそこで途切れてしまい、深い闇の底へと落ちていく。
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