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053 小さな違和感
しおりを挟むひとり残った宮内さんは、大丈夫であろうか。
うしろ髪ひかれつつ、一期と千里たちは屋上を目指す。
憑依は依然継続中。
先ほど見かけた星華の健脚ぶりからして、解除してはとても追いつけないと判断する。それに憑依状態ならではの迷宮攻略法が使えるという利点もあった。
入り組んだ構造に変化しているビルの内部、そこいらに罠も張り巡らされている。
いかに憑依しているとはいえ、次の階へと続く階段を探し回っていては大幅なタイムロスとなる。
それを減らす一助となったのが、精神体の千里だ。
ふよふよ浮かぶ情けない身の上ゆえに、物理的な制約を受けない。
それを活かして、ひょいと道の先や、壁の向こう側をのぞくなどのカンニングが可能。
見えない糸で繋がっているのか、本体からはあまり離れられないものの、それでも先導役として活躍する。
なおトラップに関しては、一期が対処する。
これにより攻略スピードが飛躍的にアップした。
十五階……十六階……十七階………………二十階に到達!
弥栄(いやさか)ツインタワーズは三十三階建て、建築基準法により屋上は階数に数えられない。
いいペースにてこれならば追いつくどころか、こちらが先に空中庭園展望台へ到着できるかもしれない。
なんぞと考えていた千里だが、ふと見た一期=自分の姿に違和感を覚える。
一期が大量の汗をかいていた。
これだけ走り続けていれば当たり前のことだ。
とはいえどこか不自然にて、たんなる疲労からくるものとはおもえない。
もしかして……
『ねえ一期、ひょっとしてどこか怪我をしているんじゃないの?』
鬼女や絡新婦らを相手にしての大立ち回り。
化生同士の戦いはとても苛烈だ。
よくよく考えてみれば、あれで無事な方がどうかしている。
けれども一期は「……問題ない」と答えたきり、口をつぐんでしまった。
こうなると不愛想な青年はもうダメだ。
だから千里はこっそり彼に預けている自分の体の状態を確認するも……
(あれ? 本当にどこも怪我をしていないっぽい)
そりゃあ、多少のすり傷や打撲は散見しているが、損傷というほどではない。
憑依していると肉体の回復力も高まるので、この程度ならばじきに完治するだろう。
だとすれば、やはり一期の言う通り問題ないのか。
汗はただの汗?
「おいセンリ、ぼけっとするな。次はどっちだ」
丁字路へと差し掛かったところで、一期から訊ねられる。
千里は思考を中断し、慌てて先の様子を確かめ、『左、進んだ先に階段がある』と告げた。
――この時に覚えた小さな違和感。
それをなあなあで済ませたことを、千里はのちに後悔する。
◇
一期と千里は早くも三十階に到達した。
フロア内を移動中に、たまさか隣のビルが見える位置を駆けていた時のこと。
ふと廊下の窓の外へ顔を向けてみれば、こちらに並走するようにして駆けている星華の姿を見かけた。
にしても、速っ!
こちらがふたりがかりでズルをしてもなお、さして差がついていないことに、千里と一期は驚きを禁じ得ない。
『いったいどうなってんのよ、あのお嬢さま? マジで完璧超人か!』
「……わからん。だが俺たちが気づいていない迷路のクセというか、攻略の糸口を発見したのかもしれん」
普通ならば「そんなバカな」と笑い飛ばすところだけれども、星華嬢は自他ともに認める才媛である。コツを掴む能力に長け、常人が時間をかけて習得することを、あっさりモノにしてしまう。
賢いだけでなく、おそらく観察眼も優れているのだろう。
全体像を把握しつつ、細部にまで注視し、すべてを見通す。
今更ながらに、よくもあんな相手から一本取れたものだと、精神体の千里は身震いする。
星華が進路を変えたので、その姿が奥へと消えた。
こちらもうかうかとはしていられない。
次の階を目指す。
◇
三十一階……三十二階へと到達。
残すはあと少し、屋上はもう目の前だ。
というところで、まさかの足踏み。
理由は三十二階フロアの構造にあった。
このビルの上層階は居住スペースになっており、最上階ともなれば億の値がつくとかいないとか。
庶民には一生縁のない場所であるが、来てみてびっくり!
『なんじゃこりゃーっ?』
「……扉だらけ、だな」
そうなのである。
タワーマンションの上層階ともなれば、戸数なんぞは限られており、各部屋の間取りは広いと相場が決まっている。
だというのに、三十二階の様子はまるで単身者用のワンルームマンションのごとき、過密ぶりを誇っていた。
廊下を挟んで差し向いに、ズラリと並んでいる大量のドアたち。
まるで万丈の術「無限敷き畳地獄」の洋式版のようだ。
しかも、廊下のどこにも肝心の階段の姿が見当たらない!
どうやら、階段は扉の奥、部屋のどこかに隠されているっぽい。
これはたいへんだ。
付き合いきれないとばかりに、短気を起こした一期が暁闇組チームを倣って、天井をぶち抜こうとするも、手応えがない!?
フロアの天井になんらかの処置が施されているようで、ズルは出来ない仕様のようだ。
「ちっ、しょうがない。手分けして探すぞセンリ」
『わかった』
嫌がらせのような状況にぶつくさ文句を言いつつ、ふたりは片っ端から部屋を調べ始めた。
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