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045 特訓アルバイト二日目
しおりを挟む琥珀館でのアルバイト初日は散々であった。
開店から閉店までほぼ立ちっぱなし、ふくらはぎがパンパンになった。
とにかく忙しい。まかないも厨房の片隅で立ったまま、そそくさとかき込む。
一期との仲?
ハハハ、進展するわけがない!
交わす言葉はほぼ業務連絡のみ。同じ空間にこそいるが、互いの位置がカウンターの内外に隔てられており、千里は終始接客に追われてのすれ違い。
これで進展したら逆にびっくりである。
連休二日目。
つまり琥珀館でのアルバイトも二日目。
たった一日とはいえ経験があるのとないのとでは雲泥の差、なんとなく全体の流れを把握し、各仕事の要領がわかってきたもので、千里の心にも幾分かの余裕が産まれた。
また、初日ほど店内が混んでいないのも大きい。
なにせ本日は宮内さんがいない。大半は蓮目当ての客ばかりだ。
あと、悠人も店に来ている。小学六年生はカウンター席の隅でせっせと算数の宿題をしている。
これは先日のことだ。
出張相談を終えた宮内さんから告げられた。
「すみません甲さん、明日はちょっと……。たまには家族サービスもしないと、妻がヘソを曲げてしまいますので。ようやく仕事の方もひと段落ついたことですし、次からは私も参加しますから。では、いずれまた」
キリリと真顔で、そんなことを臆面もなく口にする宮内さんは相当な愛妻家のようだ。
そんな昨日のやりとりを話題にして。
「指輪をはめていたから、たぶんそうなのかとはおもっていたんだけど、宮内さんってばやっぱり結婚していたんだね。
……ところで奥さんって、どっちなの?」
「…………人間だ。宮内さんが勤めている法律事務所の所長の娘で、噂では菩薩みたいによく出来た人らしい」
「へえ~」
今日は昨日ほど忙しくはないので、このように千里と一期は仕事の合間におしゃべりをすることも可能だ。
なお妖と人間の異種婚は、昔話でも定番にて、べつに珍しくもなんともないそうな。
ただし、すべてを明かした上で結ばれているかどうかは、ケースバイケースとのこと。
あと上手くいくかどうかも、当人たちの努力次第。縁は異なもの味なもの、夫婦の未来は神のみぞ知るといったところだそうだが、それは人間同士の結婚でも同じだろう。
「ふ~ん、それで宮内さんのところはどうなんだろう。やっぱり自分の正体を明かすのってムズカシイの?」
「今は昔ほどじゃない……らしい。あと、宮内さんのところがどうなのかは俺も知らん」
千里の疑問に、一期がぼそぼそ答える。
かといってべつにふたりはサボっているわけではない。ちゃんと手は動かしている。並んでグラスを磨きながらのおしゃべりだ。
すると、たまさか厨房から店表に顔を出していた万丈が、ふたりの会話を小耳に挟む。
「あー、ケイちゃんのところかい? 彼の奥さんなら大丈夫、全部承知しているよ」
すべてを知った上で妖を伴侶に選ぶ。
口で言うほど簡単なことではない。
いかに相手が弁護士で高学歴、高収入、高身長、眼鏡が似合うクール系イケメンであろうとも、だ。
実際のところ宮内さんは当初、あまり交際に乗り気ではなかったそうな。それを奥さんの方がグイグイ押して、ついには寄り切って結婚したというのだから、たいしたものである。
ざっくりと宮内さん家の事情を話してから、万丈はふたたび厨房へと戻っていった。
……なんとなくだが、いい流れではなかろうか。
親和性を高めるには、互いのことを知らねばならぬ。
千里としては、この機会に一期の身の上についてもあれこれ訊ねてみようかと考え、さっそく「ねえ」と声をかけようとするも、そのタイミングでカランコロン――店のドア鈴が鳴った。
残念、客が来てしまったようだ。
おしゃべりはここまで、仕事に戻らねばならない。
頭を切り替え、千里は「いらっしゃいませ~」と愛想を振りまくも、すぐに「げっ!」とのけ反った。
客は客でも、よく見知った顔がドアの向こうからあらわれたからである。
「ふふ~ん、いらっしゃってあげたわよ、チリちゃん」
麻衣子であった。
しかもひとりではなくて、剣道部の面々を引き連れての団体さんご一行。
まさか本当に来るとはおもっていなかった、千里は顔をひくつかせる。
「へえ、ここが琥珀館かぁ。こっちの方にははじめてきたけど、なかないい雰囲気のお店じゃない。
し・か・も、いつぞや校門のところでお見かけした彼氏付きですかぁ。
たしか知り合いのおじさんに頼まれて~、とか言ってなかったっけ?
ふーん、へーって……あれ、あれれ? や~ん、伊吹くんがいるじゃないの! それにあっちには凄くキレイな男の人もいるーっ! えっ、モデル? それとも役者? なに? このイケメンパラダイス!」
目敏く悠人や蓮を発見し、麻衣子たちは大はしゃぎ。
いっきに店内がキャピキャピと華やぐ。
でも、みなの熱い視線がそちらに注がれたおかげで、一期との関係を追求されずに済んだ。ほっと千里は安堵するも、そこでまたしてもカランコロンカランとドア鈴が鳴る。
扉の上枠にぶつからないよう頭をさげて、のそりと入ってきたのは、黒のスーツにベージュのトレンチコートを羽織り、フェドーラ帽を被った大柄な中年女性。
映画に登場するマフィアのボスのような格好をした女性が、一歩足を踏み入れたとたんに、店内の空気が明らかに変わった。
いっきに冷気が吹き込んできたかのようにて、ぞわぞわと肌が粟立つ。
とはいっても、その変化に気づいたのは、たまさか居合わせた者らのなかでもごくわずか。
千里、一期、悠人、蓮、それから「なんだ?」と慌てて厨房から出てきた万丈のみ。
女性は真っ直ぐにカウンターへと向かうと、そのまま一期の前の席にどっかと陣取る。
「珈琲を。グツグツ煮立った、とびきり熱いやつを頼む」
人の姿はしているものの、全身から剣呑な気配がだだ洩れ。
その気配には千里も覚えがあった。
旗合戦の第二幕のおり、トンネルを崩落させた鬼女。
黒塚婀津茅が、いきなり琥珀館に乗り込んできた!
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