乙女フラッグ!

月芝

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044 特訓アルバイト初日

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 喫茶琥珀館は、学院の最寄り駅近くの繁華街より一本路地を奥に入ったところに建つ、雑居ビルの一階に店舗を構えている。
 知る人ぞ知るお店、今風に言えば隠れ家的、みたいな。
 外観はモダンな純喫茶、内装もそれに準拠しており、小粋なジャズなんぞが流れる落ち着いた大人の空間だ。
 いかにも珈琲にこだわっており、自家焙煎の一杯が売りのようだが、じつは違う。
 店主の万丈によれば、オススメは珈琲以外とのこと。
 なにせ琥珀館の珈琲はドロドロ、煮詰まっており下手なエナジードリンクよりもカフェインが濃い。だから注文するのは舌と頭のネジがイカれている社畜……もとい、うたた寝をする間も惜しむ働き者のビジネスマンぐらい。
 ちなみに数あるメニューのなかで店主イチ押しは、レモンをスライスしたやつを浮かべたホットコーラとモチモチ食感が楽しいナポリタンである。

 琥珀館の主な客層は地元のビジネスマンたち――ということは、休日はさぞや閑古鳥が鳴いていることであろう。あくまでバイトは口実にて、一期との仲を深めるのが目的。
 との千里の予想は大きくはずれた。
 間口狭く、奥へとのびているウナギの寝床のような店内は、オープン直後からほぼ満員御礼。ようやく客が帰ったとおもったら、次から次へと新しいのがやってくる。
 しかもおしゃれなカフェでもないのに、主婦層とおもわれる女性客がやたらと多い。

「ほら、三番テーブルの品があがったぞセンリ、とっとと持っていけ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いま五番テーブルを片付けているんだから」
「すみませーん、お水下さ~い」
「はーい、ただいまー」
「お姉さん、追加注文いいかしら?」
「かしこまりました、すぐにお伺いしますぅ」

 おかげで目の回る忙しさ、ホール係の千里は「ヒィヒィ」言っている。支給されたエプロン姿にてバタバタとホール内を行ったり来たり、給仕に追われていた。
 一方でカウンター内に陣取っている一期は、与えられた仕事を黙々とこなしている。
 あいかわらずの不愛想ながらも、エプロン姿が妙に様になっており、仕事もそつなくこなしている。雰囲気だけならばデキるバリスタみたいだ。
 訊けば、一期はたまに琥珀館のヘルプに入っているとのこと。
 なお店主の万丈は奥の厨房に籠っており、注文の対応に追われていた。珈琲以外の注文は、なにかと作るのに手間がかかるのである。
 では、どうして休日の午前中から、琥珀館がこれほどの賑わいをみせているのかというと……

「あら、その髪型にこの服装はダメよ。着るならもっとラグジュアリーなものを選ばないと。色は淡い透明感のあるライトブルーが似合いそうね。
 もしくは、いっそのこと思い切って90年代のミニマリズムなんかを取り入れても面白いかも。あとはそうねえ、口紅の色を……」

 店内の一角、ご婦人方から相談を受けて、ファッションチェックやアドバイスをしているのは、男装の麗人のような風貌をしたイケメンなオネエの瑞希蓮である。
 フリーで美容師をしている蓮――その正体は髪切りという妖怪――は美の伝導師を自認しているだけあって、ファッション全般の知識が豊富だ。
 それを活かしての出張相談会をただいま開催中。
 なお会の開催は不定期ながらも、参加費は無料。いちおう場所が喫茶店なので「せっかくだから何か注文をしてくれたらうれしいな」というスタンスゆえに、口コミで評判が拡がり、いまやお店の繁盛の一翼を担っている。
 ――そう、一翼である。
 翼は二枚でひと揃え。
 蓮がいるテーブルとは別のところでも、相談を受けている者がいた。

「なるほど……それは同居人による使い込みの可能性が高いですね。まずは正式に弁護士に依頼をなされて、故人の銀行口座のお金の動きを確認するべきかと。なぁに、十年前まで遡って履歴を検証できますので大丈夫ですよ。
 ただし、医療費や介護費、あとは当人から買い物を頼まれた分の代金という可能性もありますから、あまり結論を急がないようにご注意ください。それでなくとも相続問題はデリケートです。下手に感情のもつれに発展すると、とことんこじれますから」

 ややもすれば興奮気味の相手をなだめるように、落ち着いた声音で諭すように語りかけている。
 歳の頃は三十代前半といったところ、銀縁メガネとブランド物のスーツがとてもよく似合っておりシュッとしている。男性にしては白い肌で、整った目鼻立ち。レンズの奥から向けられる眼差しはとても知的、だけどちょっと冷たい印象を受ける。その左手の薬指には指輪が光っていた。
 万丈が無精ひげが似合う、ちょいワル風なイケオジだとすれば、こちらは一分の隙もないクール系のイケてる大人の男性といった感じだ。
 そんな男性が受け持っていたのは、法律関連の相談事であった。
 通常、弁護士に相談をすれば一時間で五千円とか費用がかかるもの、それがタダ! 場所が場所なので、もちろん身近でライトな内容に限られるが、とかく敷居が高い弁護士事務所に行かずに済むのは大きい。

 この男性の名は宮内啓一郎(くないけいいちろう)。
 ちゃんとした弁護士にて、なんと! 我ら夕凪組チームのメンバーでもある。
 大きな法律事務所に所属しているそうで、とにかく忙しい。これまで千里と顔を合わす機会がなかったというのも納得である。
 なおその正体は……またおいおいということで。

 粟田一期、平万丈、瑞希蓮、伊吹悠人、そして宮内啓一郎。
 ようやく五人全員がお目見え。ちなみに悠人もいま店内にいる、とはいっても客として。
 腹黒美少年は第三幕のおりに、一期と交わした約束を果たしてもらうために来店していた。
 が、店はご覧のありさま。
 千里は宮内さんにきちんと挨拶をしている余裕もない。
 あと、肝心の一期とはカウンターを隔てて内と外に分かれており、交流を深め親和性を高める特訓どころか、ますます溝が広がっているような気がしなくもない。

「こんなので本当に仲良くなれるのかしらん」

 カラになった皿とカップを下げてきた千里がぼそっとつぶやけば、カウンター席の隅に陣取りチョコレートパフェをつついていた悠人がケケケと笑う。

「あいかわらずセンリはバカだなぁ、なれるわけないじゃん」
「っ!」

 もっともらしい口実でコキ使われているかもしれない。
 疑惑がムクムク浮上し、千里は眉をひそめるも「ぼさっとするな。新しい客が来たぞ」と一期から言われて、慌てて「いらっしゃませ~、すぐにお席へご案内しまーす」


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