45 / 72
044 特訓アルバイト初日
しおりを挟む喫茶琥珀館は、学院の最寄り駅近くの繁華街より一本路地を奥に入ったところに建つ、雑居ビルの一階に店舗を構えている。
知る人ぞ知るお店、今風に言えば隠れ家的、みたいな。
外観はモダンな純喫茶、内装もそれに準拠しており、小粋なジャズなんぞが流れる落ち着いた大人の空間だ。
いかにも珈琲にこだわっており、自家焙煎の一杯が売りのようだが、じつは違う。
店主の万丈によれば、オススメは珈琲以外とのこと。
なにせ琥珀館の珈琲はドロドロ、煮詰まっており下手なエナジードリンクよりもカフェインが濃い。だから注文するのは舌と頭のネジがイカれている社畜……もとい、うたた寝をする間も惜しむ働き者のビジネスマンぐらい。
ちなみに数あるメニューのなかで店主イチ押しは、レモンをスライスしたやつを浮かべたホットコーラとモチモチ食感が楽しいナポリタンである。
琥珀館の主な客層は地元のビジネスマンたち――ということは、休日はさぞや閑古鳥が鳴いていることであろう。あくまでバイトは口実にて、一期との仲を深めるのが目的。
との千里の予想は大きくはずれた。
間口狭く、奥へとのびているウナギの寝床のような店内は、オープン直後からほぼ満員御礼。ようやく客が帰ったとおもったら、次から次へと新しいのがやってくる。
しかもおしゃれなカフェでもないのに、主婦層とおもわれる女性客がやたらと多い。
「ほら、三番テーブルの品があがったぞセンリ、とっとと持っていけ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いま五番テーブルを片付けているんだから」
「すみませーん、お水下さ~い」
「はーい、ただいまー」
「お姉さん、追加注文いいかしら?」
「かしこまりました、すぐにお伺いしますぅ」
おかげで目の回る忙しさ、ホール係の千里は「ヒィヒィ」言っている。支給されたエプロン姿にてバタバタとホール内を行ったり来たり、給仕に追われていた。
一方でカウンター内に陣取っている一期は、与えられた仕事を黙々とこなしている。
あいかわらずの不愛想ながらも、エプロン姿が妙に様になっており、仕事もそつなくこなしている。雰囲気だけならばデキるバリスタみたいだ。
訊けば、一期はたまに琥珀館のヘルプに入っているとのこと。
なお店主の万丈は奥の厨房に籠っており、注文の対応に追われていた。珈琲以外の注文は、なにかと作るのに手間がかかるのである。
では、どうして休日の午前中から、琥珀館がこれほどの賑わいをみせているのかというと……
「あら、その髪型にこの服装はダメよ。着るならもっとラグジュアリーなものを選ばないと。色は淡い透明感のあるライトブルーが似合いそうね。
もしくは、いっそのこと思い切って90年代のミニマリズムなんかを取り入れても面白いかも。あとはそうねえ、口紅の色を……」
店内の一角、ご婦人方から相談を受けて、ファッションチェックやアドバイスをしているのは、男装の麗人のような風貌をしたイケメンなオネエの瑞希蓮である。
フリーで美容師をしている蓮――その正体は髪切りという妖怪――は美の伝導師を自認しているだけあって、ファッション全般の知識が豊富だ。
それを活かしての出張相談会をただいま開催中。
なお会の開催は不定期ながらも、参加費は無料。いちおう場所が喫茶店なので「せっかくだから何か注文をしてくれたらうれしいな」というスタンスゆえに、口コミで評判が拡がり、いまやお店の繁盛の一翼を担っている。
――そう、一翼である。
翼は二枚でひと揃え。
蓮がいるテーブルとは別のところでも、相談を受けている者がいた。
「なるほど……それは同居人による使い込みの可能性が高いですね。まずは正式に弁護士に依頼をなされて、故人の銀行口座のお金の動きを確認するべきかと。なぁに、十年前まで遡って履歴を検証できますので大丈夫ですよ。
ただし、医療費や介護費、あとは当人から買い物を頼まれた分の代金という可能性もありますから、あまり結論を急がないようにご注意ください。それでなくとも相続問題はデリケートです。下手に感情のもつれに発展すると、とことんこじれますから」
ややもすれば興奮気味の相手をなだめるように、落ち着いた声音で諭すように語りかけている。
歳の頃は三十代前半といったところ、銀縁メガネとブランド物のスーツがとてもよく似合っておりシュッとしている。男性にしては白い肌で、整った目鼻立ち。レンズの奥から向けられる眼差しはとても知的、だけどちょっと冷たい印象を受ける。その左手の薬指には指輪が光っていた。
万丈が無精ひげが似合う、ちょいワル風なイケオジだとすれば、こちらは一分の隙もないクール系のイケてる大人の男性といった感じだ。
そんな男性が受け持っていたのは、法律関連の相談事であった。
通常、弁護士に相談をすれば一時間で五千円とか費用がかかるもの、それがタダ! 場所が場所なので、もちろん身近でライトな内容に限られるが、とかく敷居が高い弁護士事務所に行かずに済むのは大きい。
この男性の名は宮内啓一郎(くないけいいちろう)。
ちゃんとした弁護士にて、なんと! 我ら夕凪組チームのメンバーでもある。
大きな法律事務所に所属しているそうで、とにかく忙しい。これまで千里と顔を合わす機会がなかったというのも納得である。
なおその正体は……またおいおいということで。
粟田一期、平万丈、瑞希蓮、伊吹悠人、そして宮内啓一郎。
ようやく五人全員がお目見え。ちなみに悠人もいま店内にいる、とはいっても客として。
腹黒美少年は第三幕のおりに、一期と交わした約束を果たしてもらうために来店していた。
が、店はご覧のありさま。
千里は宮内さんにきちんと挨拶をしている余裕もない。
あと、肝心の一期とはカウンターを隔てて内と外に分かれており、交流を深め親和性を高める特訓どころか、ますます溝が広がっているような気がしなくもない。
「こんなので本当に仲良くなれるのかしらん」
カラになった皿とカップを下げてきた千里がぼそっとつぶやけば、カウンター席の隅に陣取りチョコレートパフェをつついていた悠人がケケケと笑う。
「あいかわらずセンリはバカだなぁ、なれるわけないじゃん」
「っ!」
もっともらしい口実でコキ使われているかもしれない。
疑惑がムクムク浮上し、千里は眉をひそめるも「ぼさっとするな。新しい客が来たぞ」と一期から言われて、慌てて「いらっしゃませ~、すぐにお席へご案内しまーす」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。
仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。
彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。
しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる……
そんなところから始まるお話。
フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる