44 / 72
043 親和性の問題
しおりを挟む第三幕の終了後、千里は寝込まなかった。
一期との憑依の回数が少なく、時間が短かったこともさることながら、体が慣れてきたのかもしれない。
そうそう、体といえば第三幕のさなかに痛めた足首だが、大禍刻が明けて清掃ボランティアを終えて帰る頃には、ひょこひょこながら歩けるようになっており、翌日にはもう完治していた。どうやら憑依を繰り返すうちに、千里の身体能力や五感だけでなく回復力までアップしているようだ。
おかげで今回は学校を休まずにすんだものの、千里は別のことで頭を悩ませている。
それは……
学校の昼休憩中の教室にて、早々にお弁当を平らげのんべんだらり。
千里がクラスメイトで剣道部の仲間でもある麻衣子とおしゃべりしていたときのこと。
「ねえねえ、チリちゃん、今度の連休どうする? 部活も休みだし、せっかくだから部のみんなでカラオケでも行ってパーッと騒がない」
「あー、ごめんマイっち。連休は臨時のバイトなんだ。知り合いのおじさんに頼まれちゃって」
「バイト? どこで、何の?」
「どこでって……駅近くにある琥珀館っていう喫茶店だよ。ホールの助っ人をして欲しいんだってさ」
「ということは給仕のウェイトレスか。でもチリちゃんに接客なんてできるの? ヒラヒラしたスカートを履いては、にっこり笑って『いらっしゃませ、ご主人さま~』とか」
「いやいや、それ、メイド喫茶とかじゃん。琥珀館はどちらかというと、純喫茶みたいなお店だから、やたらと愛想を振りまく必要はないかなぁ」
「ちぇ~、つまんないの。せっかくだから部のみんなで突撃しようかとおもったのに」
「なっ! ぜったいやめてよね」
琥珀館での臨時のアルバイト。
それこそが千里を悩ませていることであった。
では、どうしてバイトをするはめになったのかといえば、旗合戦のせいだ。
現在は二勝一敗と有利に進めているとはいえ油断はならない。
いよいよ暁闇組もあとがなくなった。次からはより本腰を入れてくるだろう、戦局はより激しくなる。
だというのに、ぼんやり座して第四幕を待つのは愚の骨頂。
そこで「センリちゃん、特訓しよっか」と言い出したのは万丈であった。
刀の化生である一期と剣道乙女である千里との、憑依なる技。
じつは本来ならば千里の精神体は外へとはじかれることなく、体内に留まり、ともに戦うことが可能であった。
しかもその状態の方が強い。ひとつの肉体にふたつの魂が宿ることで分離しているときよりも、さらに強い力を発揮できる。
なのに現在、肉体の主導権を一期に渡した千里は、精神体となって外部へと押し出されてしまう。
もっともそれはそれで有益な面もある。外部を浮遊する千里が鷹の目の役割りを果たすことが出来る。
とはいえ、この状態の千里はどこまでも傍観者に過ぎない。
憑依が十全に発揮されない原因は、ズバリ、ふたりの親和性である。
親和性とは親しみ結びつきやすい性質のこと。
「君は君、我は我なり、されど仲良きことは美しきかな」
と、さる文豪もおっしゃっていた。
幾多の戦いを経てきたものの、出会ってからの日数はたかが知れている。
チームメイトにて、肉体を貸し借りする間柄という以外に、ふたりに接点はない。
一期とて同様だ。知るのは事前に入手した千里のおおまかなプロフィールぐらいにて、互いに個人的なことはほとんど知らないのが実情である。
なにせ一期はぶっきらぼうだ。ベラベラと自分のことを話すタイプではない。顔を合わせるのは主に旗合戦の大禍刻のときぐらいで、当然ながらのんびり話している余裕なんてない。用事が済んだらさっさと撤収する。プライベートの繋がりなんぞは皆無。
それでお互いを信頼して、よきパートナーなんぞになれるわけがない。
これから先、旗合戦はますます厳しいものとなるだろう。
旗合戦では、何よりも旗役の乙女を守ることこそが肝要。旗役が折られた時点で、いくら勝ち星をあげていてもすべてが無駄となる。
ただでさえ向こうのチームは露骨に千里を狙ってきている。
守る術があるのならば、身につけておくに越したことはない。
ちなみに万丈から提示された特訓はふたつ。
ひとつは、ドキドキ一期と遊園地デート。
で、もうひとつが、琥珀館で一期といっしょにアルバイトであった。
仏頂面の青年とふたりきり、無言で観覧車とか、あまりにも難易度が高過ぎる。
よって実質アルバイト一択。
なおいちおうアルバイト代とまかないは出るそうな。
「はあ~、せっかくの連休なのに~」
千里は机にべちゃあと伏せては、両腕をだらりと投げ出しぶうたれる。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる