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042 礼の章、終局
しおりを挟む旗合戦の第一幕は仁、第二幕は義、そして今回の第三幕は礼……
礼とは、仁を具体的な行動として表したものである。もとは宗教儀礼における伝統的な習慣・制度を意味していた。
なお「冠礼」「婚礼」「葬礼」「祭礼」を総じて四礼という。
ゆえに七曲霊園は第三幕の舞台にふさわしいと云える。
第三幕は霊園内を巡って、各地で黒子の涅子らが提示する試練をクリアしては、次へと進む形式となったいた。
だがその試練というのが、なぜか懐かしい遊び。
けん玉、ダルマ落とし、お手玉、ベーゴマと続き、おそらくは次でラストなのであろうが、はたしていったい何をやらされることやら。
敵チームの妨害にあって、千里たちは足止めをされてしまう。
一期と合流し、悠人の奮闘もあり、どうにか襲撃を退けることには成功するも、ずいぶんとタイムロスをしてしまった。
そのため先行する星華とはかなりの差が生じており、さすがにもう間に合わないかと半ばあきらめつつも、千里たちは次のチェックポイントへと向かう。
五つ目のチェックポイントに指定されていたのは、霊園内の南西にある文福堂であった。
文福堂はこじんまりとしたお堂である。
だが、その周辺および内部の光景はちと異様……、どこもかしこもタヌキだらけ! 文福堂は世にも珍しい信楽焼のタヌキ専門の人形供養の場所であった。
円らな瞳と福ふくしいお腹、編み笠をかぶりちょっと傾げた首、手には徳利や帳簿を持つ。ぽかんと半開きの口元、その奥にはギザギザの歯が並んでおり噛まれたら痛そう。
ユーモアと愛らしさに獣性が混在しており、商業界隈では招き猫とマスコットキャラクターの覇権を競っているのが、信楽焼のタヌキである。
ちなみにどうしてタヌキが商売の縁起物とされているのかというと、たぬき→他抜き→他を抜くというダジャレである。商売繁盛、招福、出世、金運向上などのご利益があるとされている。
それはさておき――
死んだ魚の眼のようなタヌキたちからの視線を感じつつ、千里、一期、悠人ら三人は文福堂へとやってきた。
勝敗いかんによらず、大禍刻が明ける前に、銀の腕輪の珠に印をもらわなければ旗合戦そのものが終わってしまう。
だから今回の負けは甘んじて受け入れ、次へと活かそうとおもっていたのだけれども……
「あれ? もしかして、まだやってるの」
「おかしいな、かなり先行していたはずなのに」
「……というか、あれはいったい何をしているんだ?」
お堂の扉の前には、ヒョウ柄の尻尾をした涅子と星華がいたのだけれども、星華が指先に赤い毛糸を絡ませてはもちゃもちゃしている。
何をやっているのかとおもいきや、あやとりであった。
あやとりは、一本の紐の両端を結んで輪にしたものを用いて、両手の指にひっかけていろんな形を作る伝統的な遊びである。
第五の試練はあやとり遊び、それも涅子とふたり遊びにて、交互に連続技を決めるというものであった。
だがこのあやとり遊び、知識や技術もさることながら、それ以上に求められるのがイマジネーションなのである。
例えば、基本技とされている『ほうき』というものがある。
詳細は割愛するが、まぁ、簡単で誰でもすぐに覚えられるだろう。
でも、実際に出来あがったモノを見ればおわかりになるが「え~と、ほうき?」と首を傾げる程度の仕上がりなのだ。
じっと目を凝らして見ようとおもえば、そう見えなくもない。
だって、もとは糸なのだもの、それもしょうがあるまい。
足りない部分を豊かな想像力で補うのが、あやとり遊びなのである。
『ほうき』に並ぶ基本技である『ほし』ぐらいまでならば、まぁまぁ。
けれどもこれが『富士山』とか『ちょうちょ』になると、とたんに「ん?」となる。『はしご』はともかく『馬の目』や『東京タワー』ともならば「んんん?」にて、よほどの想像力と妄想力が必要とされるのだ。
ただいま星華はあやとりに苦闘中である。
なにせイマジネーションなんて、彼女にとっては一番縁遠いものだから。
才能豊かであるがゆえに、着実に目の前の現実をやっつけては、人生という階段をのぼっていく彼女にとって、空想やら妄想が介入する場面は、これまでほぼ皆無であったことであろう。
ましてや、あやとり遊びなんぞはやったことがないはず。
たぶん星華は風景を写すスケッチやデッサンなどは得意でも、自由な発想で描く空想画の類は苦手なのだろう。
では、千里はどうかというと……
ちゃちゃっと手首に糸を巻きつけては、中指にてそれをとり、ささっと橋をこさえてしまい、ふたり遊びスタート。
橋、川、吊り橋、船、田んぼ、ダイヤ、カエル、ダイヤ、つづみ、川と次々に技を完成させて、あっさり課題をクリアしたもので、これには一同びっくり!
「いや~、ほら、うちってば姉妹だから。昔はお姉ちゃんに付き合わされて、よくやってたんだよねえ」
千里は照れつつ、気まずそうに目をそらす。
なぜなら星華からもの凄くにらまれていたから。
それにしてもよもやの逆転劇である。いったい誰がこの結末を予想しえたであろうか。
五つ目の試練をクリアした千里を涅子がお堂内へと招く。
中にもタヌキがびっちりなのだけれども、その奥にひときわ立派なタヌキがいた。
涅子にグイグイ押されるままに、そのデカタヌキに左手にて触れると、とたんに銀の腕輪が淡く光って、五つの珠のうちのひとつに青い炎が灯り、礼の文字が浮かびあがった。
かくして旗合戦の五番勝負、第三幕を棚ぼたで制したのは夕凪組と千里。
これで二勝一敗となった。
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