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037 回転吸収の法則とゾンビパニック!
しおりを挟むタヌキ尾の涅子は手強かった。
連戦連敗にて、負け星ばかりが増えていく。
もしも持ちコマを賭けるルールだったら、千里はとっくに破産していただろう。
だが、負け続けるうちに、千里はふと小学生時代のことを思い出した。
それはクラスの男子たちの会話、彼らがベーゴマの進化版のオモチャに夢中になっていた頃のこと。
男子たちが寄り集まれば、話題はいつもこのオモチャのことばかり。
だから、聞きたくもないのに自然と耳に入ってくる。
やれアタックだの、ディフェンスだの、バランス型やスタミナうんぬん……コマのカスタマイズについての議論が大半であったのだが、そのうちで特に千里の記憶に残っていたのが「回転吸収の法則」というものであった。
回転吸収は片方が右回転で、もう片方が左回転などにて、双方が異なる回転のときに起こる現象、低速で力が弱い方が、高速の相手の力を吸収して徐々に回転数をあげていくというもの。
やがて双方の回転速度が同じになる。
だが力を奪われた方はそこから失速し、ついには自滅する。
この法則を利用して持久勝ちを狙う。
なんちゃらの法則とか、ご大層な言葉の響きであろう。
だが意外にも理論的にて、当時、小耳に挟んだ千里は「へぇ、いろんな戦法があるもんだなぁ」とほとほと感心したものであった。
そのことを思い出した千里は、物は試しとやってみたところ、これがドンピシャ大当たり。
じつは剣道では、竹刀を持つのに左手首の絞りこそが肝要とされているもので、千里は右利きだけれども左の握力の方が強かった。それに日頃から左腕を使い慣れていることもあり、ベーゴマの左投げ・左回転がことのほかハマったのである。
これには当人のみならず、対戦相手の涅子もタヌキ尾をピンと立てて驚いていた。
速度や技量では、どう逆立ちしても涅子には及ばない。
星華みたいに器用でもないから、ベーゴマを改造することもままならず。
だから同じ方向性では、どうやっても勝ち目がない。
そこで千里は違う道を行くことを選んだ。
速さに対抗するのではなくてあえて遅く、回転吸収の法則を用いた持久戦に持ち込んだのである。
とはいえ、それでもギリギリであった。
紙一重の勝負を制した千里に、タヌキ尾の涅子はポフポフと肉球を打ち鳴らし、惜しみない賛辞を送ってくれた。
◇
ベーゴマのところでかなり手間取った。
千里と悠人は先を急ぐ。
広大な霊園内にある蓮池の石橋を渡り、木立ちを抜ける小径を行く。
この辺りは園内でもいっとう古い地区にて、土葬が当たり前の時代の墓が集まっており、普段からあまり人が寄りつかない場所である。じっとりした空気には独特の陰気が混じっており、昼間でも鬱蒼としている。
途中、歩きながら悠人が指折り数えながら言った。
「けん玉、ダルマ落とし、お手玉、ベーゴマと、これで四つだ。まずいな、次でラストの可能性が高い」
旗合戦はなぜだか五という数字にこだわっている。
ゆえに悠人はそう考えた。
千里も「たしかに」とうなづく。「問題は次だね。ひとり遊びの類か、はたまた対戦タイプか」
「最初の三つはひとり遊びだったが、四つ目から対戦形式に舵を切ったからな。その流れを踏襲していれば――っ!? センリ、とまれっ!」
急に立ち止まった悠人が身構えたもので、千里はビクリ。
「ど、どうかしたの?」
恐るおそる訊ねる千里を無視して、悠人は周囲に素早く視線を走らせる。
……十秒……二十秒……三十秒が過ぎた。
ついには一分ほども経った頃であろうか。
不意に何者かにむんずと足首を掴まれたもので、千里はギョッ!
うろたえつつも確認してみれば、足に木の根のようなものが絡まっている。
「もう、びっくりさせないでよ」
たまたま引っかけたのかと、千里は安堵しかけるも違った。
それはたしかに枯れ木のようではあったが、しっかりと手の形をしていたからである。
地面から生えた腕に、千里は「あんぎゃーっ!」
絹を裂くような乙女の悲鳴? が木立ちに響く。
これを合図にして、そこかしこがポコポコ盛り上がっては、泥まみれの人間のようなものが続々と地中より湧いてきた。
霊園、土葬、地面からゾロゾロ……
どこかで観たことあるような光景、映画などではお馴染みのシチュエーション。
千里は「ぎゃーっ、ゾンビでたーっ!」と叫びながら、自分の足首を掴んでいる手をゲシゲシ蹴飛ばしては必死に振り払おうとするも、なかなかほどけない。
それを助けてくれたのは悠人であった。
服の下に隠し持っていたサバイバルナイフにて、スパッと!
千里は自由になれたものの、ホッとしている暇はなかった。
ふたりの方へ、ゾンビどもがわらわら群がってくる。
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