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036 ベーゴマ
しおりを挟むベーゴマにて、いざ尋常に勝負!
と、意気込んだものの、ことはそうすんなりと進まない。
支給されたベーゴマと紐を前にして、千里は首を大きく傾げた。
この遊具の進化版ならば千里も知っている。
あれは専用のシューターという器械にカスタマイズしたコマをセットして、ワインダーなる棒を引っ張ってコマを発射する。
小学生の頃、男子たちの間で爆発的に流行したので、千里も見知っており触れる機会があった。
そのオモチャのご先祖さま……
形状からして通常の独楽の簡易版みたいなものを想像していたが、いざ手にしてみると実物はまるで別物であった。
一番の違いは、なんといっても軸がないことだ。
それすなわち紐をかける箇所がないということ! つまりそのままでは引っかけてクルクルと紐を巻きつけられないということである。
しかも表面がつるんつるんで紐が滑るというオマケつき。
「どうなってんのよ、これ?」
あいにくと悠人も遊び方を知らないそうで、千里はベーゴマを手に途方に暮れる。
だが、そこに救いの手を差しのべてくれる者がいた。
誰あろう、対戦相手であるはずのタヌキ尾の涅子であった。
実際に何度もやってみせてくれて、身振り手振りで優しくレクチャーしてくれる。
タヌキ尾の涅子は敵に塩を送る男前なヤツであった。
なお、その間、星華はひとり離れたところで黙々と自主練に励む。
「ふむふむ、なるほどねえ、結び目をふたつ作って、そこを引っかかりにするわけか……。へえ~、女巻きっていうんだ。こんな方法、よくおもいついたもんだね、感心感心。
でもって、新しいベーゴマはつるつるだから巻きにくいときには、ちょっと太い紐を使うといいの? でも私、替えの紐なんてもってない……って、貸してくれるんだ、ありがとう。
え~と、さらに回転力をあげるために、紐の手元のほうに五円玉を通して、より引っ張りやすくするといいのか……おぉ! ちゃんと紐が巻けたっ」
あとは独楽回しの要領で投げればいいだけ。
普通の独楽ならばやったことがある。
だから千里は「えいやっ」とやってみたのだけれども、投げるベーゴマの重さやサイズを考慮していなかった。
腕に力を入れすぎたせいで、ベーゴマは前ではなくてうしろに飛んでいく。
「うわっ、あぶねぇ!」
ぶぅんと放たれたベーゴマが、背後にいた悠人の顔をかすめた。
小さいとはいえ鉄の塊である。当たれば相当に痛い、箇所によっては大怪我だ。
怒る悠人に千里は平謝り。
で、どうにかなだめたところで、気を取り直して二投目をしてみたのだけれども……
「センリ……てめえ、ぜってーにわざとだろう!」
悠人が青筋を立てている。
うしろにいると危ないからと、わざわざ明後日の方へと移動したというのに、そこへピンポイントにベーゴマが襲来したもので。
かくして千里・悠人ペアがギスギスしている間に、星華はタヌキ尾の涅子に再戦を挑んでいた。
◇
鳳星華はやはり優秀である。
彼女の何が凄いのかというと、それはコツを掴む能力だ。
勘所を押さえるのに長けており、いったん見抜いたらあっという間にモノにしてしまう。じつは慣れないけん玉をクリアしたのも、千里がやるのを見て学んだから。
だが、それで終わらないのが星華という才媛の恐ろしいところ。
星華はそこで満足しない。
考えて、考えて、考え抜いて……さらに上を目指す。
飽くなき向上心にて、進化発展させることにより、たんなるサル真似では終わらない。
それがたとえベーゴマであったとしても、である。
同じ轍は踏まぬとばかりに、リベンジマッチを制したのは星華であった。
何投もすることで格段に成長した技量もさることながら、主な勝因はコマの改造だ。
自主練に励むかわたらで、彼女は自身のベーゴマに改良を施していたのである。
幾度かの敗北から彼女は学んでいた。
ベーゴマが高いよりも低く、なおかつ頭が重いほうが衝突時にバランスを崩しにくいことに。
だから下錐部分にヤスリをかけて全体を低くし、かつ回転数をあげるために突端のところに蝋を塗り込むだけでなく、ベーゴマの外縁部分に切り込みを入れてギザギザにすることで打撃力をもアップさせていた。
魔改造にもほどがある!
でも反則ではない。
なぜなら、金ヤスリなどの必要な道具類一式がきちんと用意されており、自由に使えるようになっていたから。
けれども口で言うほどたやすいことではない。
ちょっと削るにしても、加減を誤ればたちまち逆効果となるからだ。バランスを崩してうまく回らなくなる。
それを星華はさらりとやってのけるのだから、たまらない。
「では、お先に失礼」
ベーゴマ対決を制し、次の場所へのヒントを涅子から受け取った星華が、銀の髪をたなびかせ颯爽と霊廟を出ていく。
どさくさまぎれに、千里は彼女が置いていった魔改造ベーゴマを拝借しようとするも、ズルは許さないとばかりにその手をピシャリと打ったのは、涅子の紐であった。
悠人も「さすがにそれはセコすぎる」と呆れ顔。
バツが悪くなった千里はテヘペロと笑って誤魔化す。
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