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034 ダルマ落とし
しおりを挟む連続十八回、もしカメを成功させる。
この数字が地味にクセモノであった。二十などのきりのいい数字ならば、ひたすらそれを目指して邁進すればいい。だが、中途半端な回数ゆえに妙に意識してしまう。
隣にいる競争相手の存在も大きい。
それらがさらなる焦りを生み、手元を狂わせる。
敵は己自身、馴れぬけん玉の扱いに苦戦する旗役の乙女ふたり。
このけん玉対決を制したのは、あとからきた千里であった。
手足が短く、胴長く、腰回りどっちり、日ノ本特有の体形と骨格に助けられる。
「……十五……十六……十七……十八っ! ヤッター、できたー」
いち抜けした千里を、涅子がちょいちょい手招き。
手渡されたのは封筒、なかには一枚の紙が入っており、次に向かうべき場所が記されてあった。
『東の地下墓所』
うっかり声に出して読みそうになった千里、そのお尻を悠人が「バカやろう」と軽く蹴る。
「せっかく苦労して手に入れた情報をあっさり漏らそうとすんな。それよりもほら、とっとと行くぞ」
「わかった、わかったから。そんなに袖を引っ張らないで、のびちゃう」
悠人に急かされ千里は慌ただしくその場をあとにする。
そんなふたりを見送ることになった星華は唇を噛む。
◇
千里と悠人が次の場所へ向かっていると、周辺の雰囲気が変わった。
ズラリと居並ぶ墓石が和風から洋風へ、十字架の形を模したものやプレート型が増え、さながら外人墓地のよう。
同じ墓所でもこうなると、ちょっとオシャレに感じるから不思議である。
じきに尖がった屋根が見えてきた。
石造りの小さなピラミッドのような建物は、リトルカタコンベとも呼ばれる場所にて、この七曲霊園でも屈指の珍スポット。
半地下の霊廟で、なかには人骨がそれなりにびっちり安置されており、怖いモノ見たさでのぞいた者は、たいていが夢でうなされるともっぱらの評判である。
年に何回かある御開帳の時だけ一般公開されている。
千里もウワサには聞いていたが、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。
入り口正面の下り階段をそろりそろり、おりていく。
すぐに左右を壁に囲まれ外が見えなくなった。
土埃のニオイと湿り気、薄暗い地の底には淀んだ空気が溜まっており、踏み入った者の不安をいっそう煽る。
来た道をふり返れば、四角く切り取られた茜色の空があった。
最後まで階段をおりた突き当たりにある扉、鍵はかかっておらず、ここから建物内部へと入る。
木と鉄の扉は重厚にて、押すとギィと軋んだ。
――おもいのほか明るい。
幾つもの燭台が置かれており、蝋燭の灯りが煌々と。
でもそのせいで、安置されている骨たちがよく見える。
たくさんの虚ろ、千里は声にならない悲鳴をあげ悠人にしがみつく。
しかし悠人はそんな乙女を邪険に押しのける。
「まとわりつくな、うっとうしい。いちいちビビッてんじゃねえよ。こんなのただの骨だろうが」
なんたる塩対応、でもいまは逆にそれがちょっと頼もしい。
ここにもやはり涅子が待機していた。
今度の子は尻尾が真っ黒で『旗役の乙女よ、人生七転び八起き、このダルマ落としの試練を見事越えるにゃん』ときたもんだ。
けん玉に続いて、お次はダルマ落としである。
どうやら第三幕はそういう趣向らしい。
「誰が考えたのか知らないけど、ぜったいにおちょくってるよね? 私たちで遊んでるよね?」
「気持ちはわかる。けどあきらめなセンリ、考えるだけムダムダ。こうなったらさっさとクリアして、このふざけた勝負にケリをつけるしかねえ」
その通りなので、千里はしぶしぶダルマ落としに挑む。
ちなみにダルマ落としとは木製のオモチャにて、輪形パーツを数個重ねたものを小さな木槌で横へと打ち飛ばし、一番上に乗っているダルマを倒すことなく下まで導く遊び。いわば和製ジェンガである。
用意されたダルマ落としは、天辺のダルマ部分を別にして五段重ね。
これぐらいならば楽勝かとおもいきや、いざやってみるとこれが案外難しい。
おかげで二回続けて失敗してしまう。
不甲斐ない千里に、悠人が露骨にタメ息をつく。
「あ~あ、やっぱりセンリはダメだなぁ。たぶん根が雑なんだよ、あそこは反対側からもっと慎重に攻めねえと」
「ごちゃごちゃうっさい! だったらアンタがやりなさいよ」
「そうしてやりたいのはやまやまだが、ルールでダメだからしょうがないだろう。ほらほら、口よりも手を動かせよ。さっさと積み直せ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
なんてやりとりのあと、三回目のチャレンジ。
カコン、カコンと二段続けて打ち抜くも、歪みはほとんど生じておらず。
ようやくコツがつかめてきたらしい。三度目の正直、今回はうまくいきそう。
と、千里はほくそ笑むも直後のことであった。
息せき切って地下墓所へと駆け込んできた星華に驚き、千里は手元が狂ってしまって「あーっ!」
だがさらなる衝撃が千里たちを襲う。
なんと! けん玉ではあれほど苦戦していた星華が、ダルマ落としは一発でクリアしてしまったのである。
「そんなバカな……」
「なん……だと」
愕然とする千里と悠人に、星華はフフンとちょっと得意げ。
「ようは全体の重心を見極め、積木の中心を的確に打ち抜けばいいだけのこと。フェンシングの突きを応用すれば、この程度は造作もありません。ではどうぞごゆっくり」
星華はそう言い残して、さっさと地下墓所を出て行った。
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