乙女フラッグ!

月芝

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032 黒子の涅子

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 七曲霊園にて、唐突に始まった旗合戦の第三幕――
 事前告知はナシ、前回と違っていきなりだ。
 しかも時刻が昼間から夕暮れ時になっている。

「大禍刻って何でもありなの?」

 色が変わった空を見上げ、千里はそのハチャメチャぶりに呆れるばかり。
 だが悠人はそれに付き合うことなく、「ほら、さっそくおいでなさったぞ」と右の方に顔を向けていた。
 悠人が見つめる先にいたのは………………、黒子?!

 誰かさんの墓石の上にちょこなんと座っているのは、歌舞伎などでお馴染みの裏方、黒づくめの衣装を着た者である。
 ただし、いささかサイズがおかしい。
 子どもよりもなお小さい、せいぜい六十センチほど。
 だから千里は当初、黒子の人形なのかとおもった。
 でも、すぐに違うと気がつく。なぜならお尻から茶毛の長い尻尾が生えていたから。
 ゆらゆら愛らしく動くそれには見覚えがある。
 ネコの尻尾だ。
 よくよく見てみれば頭巾からも、ピンと立った耳がはみ出ている。
 黒子のコスプレをしたネコ。

「か、かわいい……」

 ふらふら近づき、千里は頭を撫でようと手をのばす。
 じつは千里はネコ好きでずっと飼いたかった。しかし甲家が住んでいるマンションはペット不可。
 が、あと少しで指先が触れるというところでペシっ、尻尾で手の甲を叩かれた。
 気安くお触りはダメっぽい。

「うぅ、そんなせっしょうなぁ。あっ、だったらせめていっしょに記念写真を」

 スマホを取り出し懇願する千里であったが、慌てて悠人がたしなめる。

「バカ、センリやめろ。そいつは涅子くりこだ」

 涅子とは――
 ネコ奉行に仕える麾下の者たちの総称である。
 その服装からもわかるように、正体を隠し舞台を裏から支えている縁の下の力持ち。
 今回の旗合戦では、合戦の準備を整えたり、演者らが好き放題に暴れて壊した舞台を人海戦術にてせっせと修復したりしている。
 では、なぜわざわざ直しているのかというと、いかに大禍刻が現実から切り離された特異な空間と時間とはいえ、あまり無茶をやらかすと現実の方にも相応に影響が及ぶから。
 例えば第一幕で落ちた渡り廊下、第二幕で崩落したトンネルなどの場合、すぐにどうこうなるわけではないが、いずれは現実でも似たようなことが確実に起きるのだ。
 連綿と続く時の流れ、大きな力による揺り戻し、相互作用、あるいは辻褄合わせなのかはわからない。
 だが、とにもかくにも放置するのは危険だということ。
 それを未然に防いでいるのが、涅子たちなのである。
 ちなみに彼らは全員、猫嶽に所属する猫又エリートのタマゴでもある。
 手先がとっても器用で、必要とあらば捕り物にも参加するので、こう見えてけっこう強かったりもする。

 千里たちの前にあらわれた涅子が、サッと取り出したのはスケッチブック。
 新しいページにボールペンでさらさらさら~、何事かを書き込んだかとおもったら、それをズイと提示してくる。
 可愛らしい丸文字にてこのようなことが書かれてあった。

『旗役の乙女よ、まずは偉大なる先人に敬意を示すにゃ』

 筆談だ、行動を示唆する内容、どうやらこれが第三幕のチェックポイントになるらしい。
 語尾がいささか気にはなったものの、千里は腕組みにて「う~ん」と眉間にしわを寄せる。
 なにせここ七曲霊園には、いろんな人物が眠っている。地元の名士はもとより、歴史上の偉人なんぞもぽつぽつ混じっている。
 スマホの電波が届けばインターネットでサクっと調べられるけど、あいにくと大禍刻中は通信が途絶する。

「どうしようか……、とりあえず大きなお墓を片っ端から調べればいいのかしらん」

 生前、立派だった人は墓もたいてい立派である。
 そして立派な墓といえば、デカいと相場が決まっている……ような気がする。
 だからすぐに走り出そうとする千里であったが、これに悠人が「待った」をかけた。

「センリ……おまえ、国語の成績、あんまりよくないだろう。ヒントをちゃんと読めよ。あれは『旗役にとっての偉人』って意味だろうが」
「へっ? でも我が家のお墓はここにないよ」

 甲家の墓は父方の実家がある関西地方にある。

「ち・が・う、そうじゃない。オレが言っているのは、旗役は他にもいるだろうがってことだ」

 旗役の乙女は甲千里と鳳星華のふたり。
 亀と星、そのふたりに共通するのは、淡墨桜花女学院に在籍している二年生だということぐらい。

「あっ、そういうことか!」

 千里はようやく敬うべき相手の墓がわかった。
 ここ七曲霊園には学院の創始者が眠っている。
 目指すべきはその墓だ。

「場所はわかるか、センリ」
「それは大丈夫だよ悠人、前に行ったことがあるから。こっちよ、ついて来て」

 千里は駆け出した。悠人もこれに続く。
 遠ざかるふたり、その背を顔にかかった薄布越しに黒子の涅子がじっと見ていた。


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