乙女フラッグ!

月芝

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024 一本橋の戦い 後編

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 一期と劉生、刃と拳の激しい応酬が続くさなか。
 アッパー気味に放たれた劉生の拳、それを両腕を交差させることで防いだ一期であったが、

「――っ!」

 その身が浮いた。
 拳が当たるタイミングで、劉生の拳が加速し威力が増したのだ。
 体格差もあって一期の体が宙へと高く押し上げられる。
 まったく足がついていない状況、これではろくに身動きがとれない。そこへ更なる拳が襲いかかる。外側から内側へとねじり込むように放たれたパンチはフック、唸る拳、まとっている蒼炎がいっそう燃え盛り、無防備にさらされている一期の脇腹へと吸い込まれていく。
 決まれば深刻なダメージを受けるだけでなく、一本橋の上からも叩き出されかねない。
 だがしかし、一期はそれをも回避してみせた。
 これには劉生も「なんと!」驚嘆し大きく目を見開く。
 では、一期はどうやって虎口を逃れたのか?
 とっさに一期は片腕をのばし、生やしている刀の切っ先にて橋の欄干を小突いたのである。
 この反動を利用して、わずかにだが空中で後退することに成功する。
 けれども、あくまでギリギリであった。直撃こそは避けたが完全にはかわしきれず。
 胸元に深めの擦過傷と火傷を負ってしまった。
 さらには着地時、ダメージによりふらついたところへ、劉生の重たい前蹴りが飛んできて、こちらはまともに貰ってしまう。

 吹き飛ばされた一期に、後方で戦いの行方を見守っていた千里も巻き込まれる。
 ふたりは団子となって倒れた。
 そこへ劉生が迫る。

「ちょ、ちょっと一期、早くどいてよ」
「うるさい、センリこそさっさとどけ」

 ふたりは慌てて立ち上がろうとするも、互いが邪魔になってまごついてしまう。
 そうしている間にも劉生がズンズン近づいてくる。
 でも、そんな劉生が急に足を止めた。
 それに前後して、転がっているふたりの頭上を越える者がいた。

「ふぅ、どうにか間に合ったみたいね。まったくもう、みんなさっさと行っちゃうだから」

 あらわれたのは、ようやく追いついた蓮であった。

「ほら、モタモタしないの。あっちのチームの子は、もう橋を渡ってしまっているわよ。この男は私に任せて、あなたたちは向こうをお願い」

 ふたりを先に行かせようとする蓮であったが、それをみすみす許す劉生ではない。

「させるかよ!」

 ふたたび突進を開始する。
 けれどもその足が数歩進んだところで、またしても止まった。
 ただし、今度は自分の意思ではない。劉生が顔しかめる。足に激痛が生じたからだ。うっかり落ちていた古釘でも踏み抜いたのかと見てみれば、足の甲より突き出ていたのは細い針のようなモノであった。

「なんだこれは?」

 かがんで引き抜こうとしたところで、劉生は「うぐっ」
 不意に首がギュッと絞めつけられた。
 ばかりか、腕や腰、足も絡めとられて動けない。
 体のあちこちに食い込んでいたのは、小指ほどの太さの黒い紐であった。
 劉生の身動きを封じたところで蓮がうながす。

「あんまり長くはモタないわよ。早く行きなさい!」

 ふたりはうなづき、互いの手を取った。
 今宵、三度目の憑依発動!
 一期=千里となったところで、旗役の乙女は赤朽葉色の鞘に入った大太刀片手にひらり、橋の欄干へと飛び移り、そのままシュタタと駆け出した。
 細くて不安定な足場をものともせず。動けない劉生の脇を抜けて、いっきに一本橋を渡っては小島へと向かう。

  ◇

 一期たちが無事に小島へ上陸したところで、轟っ!
 大きな蒼の焔が立ち昇る。
 劉生であった。拳だけでなく全身に炎をまとわせることで、己を縛る黒い紐を灰塵にし拘束を解く。
 ゆっくりと立ち上がる劉生が指先に摘まんでいたのは、さっきまで足の甲に刺さっていたモノだ。
 しげしげと眺めながら「これは針じゃない。もしや……髪の毛を硬くしたものか、ということはあの紐も」とつぶやけば、蓮が「あら、もうバレちゃったの」とペロリと舌を出す。

 劉生を拘束していたのは髪の毛が変じたもの。
 それもこれまで蓮がカットしたものである。
 普段は売れっ子の美容師としてフリーで活動している蓮、その正体は「髪切り」と呼ばれる妖であった。

 髪切りとは、人の頭髪を切ることに異様な執着をみせる化生である。
 どこからともなくあらわれては、勝手にチョキチョキチョキ……
 夜中に通りを歩いているいるとカップルがそろってバッサリやられただの、女中が仕事中についうとうとしていたらいつの間にやら髪が短くなっていた、厠で用を足していたら頭のあたりがスウスウするもので確認してみたらびっくり! なんてことも。
 明治の頃には新聞で騒がれたこともある。
 もっとも、だからどうしたと言われればそれまでの存在にて、怪異としての力、格は大妖と呼ばれる連中とは比べものにならないぐらいに弱い。

「ふんっ、髪切り風情が俺の邪魔をしようというのか? あまり笑えない冗談だな」

 手の中にあった一本を蒼炎で燃やし尽くし、劉生はつまらなさそうに言い捨てた。
 実際のところ夜行と髪切りとでは、かなりの差がある。
 それが妖界隈の常識だ。
 だがしかし、蓮は従来の髪切りとは一線を画す存在であった。
 蓮はたんに髪を切ることだけでは満足できずに、よりキレイに切ること、その先にある美をも追求する。
 そのためにカットの方法から髪結いの技術などを研鑽し、その時々の流行を取り入れ、はては髪そのものについてまで研究し続けた。
 結果、蓮は髪のスペシャリトになった。
 切るだけでなく、蓮は切り集めた髪をも操る術を身につける。

「たしかにあなたは強いわ。まともに戦ったら、華奢な私なんてひとひねりにされちゃうかも。でもね……」

 目を細めた蓮がパチンと指を鳴らすと、塵も残さず燃え尽きたはずの髪たちが、ふたたび蘇ったもので劉生もギョッ。

「髪はね、それも女の人の毛髪は昔から様々な呪術に用いられ珍重されてきた。理由はそこになみなみならぬ情念が宿るから、強い再生力を持ち霊力を溜め込むから。
 そのせいで髪そのものが怨霊や妖になっちゃうこともあるぐらいなんだもの。
 でもね、知ってる? 宿るのはそれだけじゃないのよ。
 髪は女の命っていうのは、さすがにいまどき流行らないけれど、それでもやっぱり特別なの。
 誇り、覚悟、意地、誓い……女性たちのいろんな素敵が詰まっている。
 それをたやすく燃やせるだなんて、おもわないことね!」

 言い終わるのと同時に、蓮の背後や足元から幾束もの黒い艶髪らが出現する。
 それらはまるで生きているかのごとく、ニョロニョロと蠢いていた。


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