乙女フラッグ!

月芝

文字の大きさ
上 下
24 / 72

023 一本橋の戦い 前編

しおりを挟む
 
 伊白塚公園はマラソンにウォーキングやサイクリング、バードウォッチングなどの利用客が多い。
 そのため公園の道はきちんと整備されており、十分な幅も確保されている。
 おかげで園内に入ってしまえばこっちのもの。
 蓮が操縦するラリーカーはブロロロとアクセルを吹かし快調に飛ばす、さながら本当のレースのように土煙をあげてはドリフトをし、ときに軽くジャンプなどもしながら爆走する。
 緩い丘陵を抜けた先、並木道を進むと不意に森が開けた。

 夜を溶かしたかのような黒い水面……人工湖だ。
 向こうを見れば、首切り馬から降りた星華が一本橋へ足を踏み入れようとしている。
 おもったよりも差がついていない? 千里は「あっ、もしかして」

 じつは、ここ伊白塚公園は地元っ子にはお馴染みの場所だ。
 幼稚園や小学校の遠足とか校外学習で必ず一度は訪れる。
 いや、それどころか、ぶっちゃけ何度も近場でお茶を濁される。

「え~伊白塚公園、またかよ~」

 というのが、子どもたちにはお約束みたいなもの。
 けれども中高一貫校である淡墨桜花女学院の特進クラスに在籍する星華は、そんなことは経験していない。とっても忙しい星華は、きっとプライベートでもこの公園を訪れたことがないだろう。
 それすなわち、彼女は伊白塚公園にあまり詳しくないということ。
 だだっ広い園内、ショートカットをして乱入なんぞをしたものだから、かえって自分の位置を見失って迷うはめになったか。

 小島へと通じている一本橋は浮橋、幅は二メートルあるかないか、全長は八十メートルほどもあるが真っ直ぐではない。途中何度か折れておりジグザクの形状をしている。
 大きな馬体ではこの橋は渡れない。
 しかしそれはこちらも同じこと。

 どうするのかとおもえば劉生はここで人の姿をとった。
 さすがに人型のときにはちゃんと頭部がある。革ジャンが似合うガタイのいい、角刈りのあんちゃんが星華に続く。
 それに遅れることわずか、夕凪組チームもついに一本橋のたもとへと到着した。

 キキーッと急ブレーキ、ギャギャギャと滑る後輪が地面に半円を描き停車する。
 停まったのと同時にドアが開き、車外へと飛び出したのは一期と千里だ。
 ふたりは揃って駆け出す。運転席でハンドルを握っていた蓮は出遅れた。

 が――意気込みとは裏腹に、うまく走れない。
 視界が波打つ、足元が上下するせいだ。
 ただでさえ揺れやすい浮橋の上を、一度に五人もが乗っては駆けることにより足場が暴れるせいで、おっとっと。
 その影響をモロに受けたのは、皮肉にも先頭にいた星華であった。

「くっ」

 危うく転倒しそうになった星華は、とっさに欄干につかまってこらえる。
 波や揺れというのは発生した近々よりも、少し離れたところにより大きな余波が及ぶ。
 狙ってやったわけではない。だが結果としてひとり先行していた星華が、後方からドタドタ迫る千里らに足を引っ張られるかっこうとなった。
 それでも抜群の身体能力を誇る星華は、すぐに立て直し駆け出そうとする。
 しかしここで彼女に付き従っていた劉生が足を止めた。

「おあつらえ向きの場所だな。どれ、お嬢は先に行きな。こうるさい連中は俺が引き受けよう」

 足留め役を買ってでる劉生に、星華は一瞥し「任せます」とだけ。
 迷うことなく前へと進むその背に劉生はフッと笑みを浮かべつつ、ふり返り「さぁ、どいつから水浴びをする?」

 千里たちの前に、革ジャンを脱ぎ捨てた劉生が立ち塞がる。
 狭い橋の上に陣取り避けては通れないし、通してくれそうもない。
 そんな相手に対して正面から突っ込んだのは一期であった。
 両の前腕に刃を生やし、ためらうことなく斬りかかる。
 対する劉生は拳に蒼炎をまとい、これを迎え討つ。

 容赦なく首を刈りにいく刃を、燃える拳がはじく。刀の横腹――しのぎといわれる箇所を殴ることで、攻撃の軌道をそらしたのだ。
 すかさず劉生は反撃する。
 カウンター気味に放たれた拳が顔面へと迫るも、一期はこれを見切りわずかに首をひねるだけでかわした。
 が、いったん飛び退る。
 一期の頬がわずかに焼き切れていた。
 千里の目にはちゃんと対処したように見えたのだが、避けきれなかったということ。
 その理由はじきに判明する。

 今度は劉生の方から攻めてきたのだが、その拳が不自然に加速する。
 瞬発力を産み出していたのは肘からの噴射だ。肘の先が火を噴き、腕がまるでロケットのようになることで、拳の威力と速度が跳ね上がっていたのだ。
 変速する拳、ゆえに一期も完全には見切れなかった。
 ふつうであれば、暴れる両腕を制御しきれずに振り回されるのだろうが、劉生は見た目によらぬ華麗なステップにて踊り、見事に己という荒馬を乗りこなしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~

二位関りをん
キャラ文芸
桃玉は10歳の時に両親を失い、おじ夫妻の元で育った。桃玉にはあやかしを癒やし、浄化する能力があったが、あやかしが視えないので能力に気がついていなかった。 しかし桃玉が20歳になった時、村で人間があやかしに殺される事件が起き、桃玉は事件を治める為の生贄に選ばれてしまった。そんな生贄に捧げられる桃玉を救ったのは若き皇帝・龍環。 桃玉にはあやかしを祓う力があり、更に龍環は自身にはあやかしが視える能力があると伝える。 「俺と組んで後宮に蔓延る悪しきあやかしを浄化してほしいんだ」 こうして2人はある契約を結び、九嬪の1つである昭容の位で後宮入りした桃玉は龍環と共にあやかし祓いに取り組む日が始まったのだった。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

処理中です...