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023 一本橋の戦い 前編
しおりを挟む伊白塚公園はマラソンにウォーキングやサイクリング、バードウォッチングなどの利用客が多い。
そのため公園の道はきちんと整備されており、十分な幅も確保されている。
おかげで園内に入ってしまえばこっちのもの。
蓮が操縦するラリーカーはブロロロとアクセルを吹かし快調に飛ばす、さながら本当のレースのように土煙をあげてはドリフトをし、ときに軽くジャンプなどもしながら爆走する。
緩い丘陵を抜けた先、並木道を進むと不意に森が開けた。
夜を溶かしたかのような黒い水面……人工湖だ。
向こうを見れば、首切り馬から降りた星華が一本橋へ足を踏み入れようとしている。
おもったよりも差がついていない? 千里は「あっ、もしかして」
じつは、ここ伊白塚公園は地元っ子にはお馴染みの場所だ。
幼稚園や小学校の遠足とか校外学習で必ず一度は訪れる。
いや、それどころか、ぶっちゃけ何度も近場でお茶を濁される。
「え~伊白塚公園、またかよ~」
というのが、子どもたちにはお約束みたいなもの。
けれども中高一貫校である淡墨桜花女学院の特進クラスに在籍する星華は、そんなことは経験していない。とっても忙しい星華は、きっとプライベートでもこの公園を訪れたことがないだろう。
それすなわち、彼女は伊白塚公園にあまり詳しくないということ。
だだっ広い園内、ショートカットをして乱入なんぞをしたものだから、かえって自分の位置を見失って迷うはめになったか。
小島へと通じている一本橋は浮橋、幅は二メートルあるかないか、全長は八十メートルほどもあるが真っ直ぐではない。途中何度か折れておりジグザクの形状をしている。
大きな馬体ではこの橋は渡れない。
しかしそれはこちらも同じこと。
どうするのかとおもえば劉生はここで人の姿をとった。
さすがに人型のときにはちゃんと頭部がある。革ジャンが似合うガタイのいい、角刈りのあんちゃんが星華に続く。
それに遅れることわずか、夕凪組チームもついに一本橋のたもとへと到着した。
キキーッと急ブレーキ、ギャギャギャと滑る後輪が地面に半円を描き停車する。
停まったのと同時にドアが開き、車外へと飛び出したのは一期と千里だ。
ふたりは揃って駆け出す。運転席でハンドルを握っていた蓮は出遅れた。
が――意気込みとは裏腹に、うまく走れない。
視界が波打つ、足元が上下するせいだ。
ただでさえ揺れやすい浮橋の上を、一度に五人もが乗っては駆けることにより足場が暴れるせいで、おっとっと。
その影響をモロに受けたのは、皮肉にも先頭にいた星華であった。
「くっ」
危うく転倒しそうになった星華は、とっさに欄干につかまってこらえる。
波や揺れというのは発生した近々よりも、少し離れたところにより大きな余波が及ぶ。
狙ってやったわけではない。だが結果としてひとり先行していた星華が、後方からドタドタ迫る千里らに足を引っ張られるかっこうとなった。
それでも抜群の身体能力を誇る星華は、すぐに立て直し駆け出そうとする。
しかしここで彼女に付き従っていた劉生が足を止めた。
「おあつらえ向きの場所だな。どれ、お嬢は先に行きな。こうるさい連中は俺が引き受けよう」
足留め役を買ってでる劉生に、星華は一瞥し「任せます」とだけ。
迷うことなく前へと進むその背に劉生はフッと笑みを浮かべつつ、ふり返り「さぁ、どいつから水浴びをする?」
千里たちの前に、革ジャンを脱ぎ捨てた劉生が立ち塞がる。
狭い橋の上に陣取り避けては通れないし、通してくれそうもない。
そんな相手に対して正面から突っ込んだのは一期であった。
両の前腕に刃を生やし、ためらうことなく斬りかかる。
対する劉生は拳に蒼炎をまとい、これを迎え討つ。
容赦なく首を刈りにいく刃を、燃える拳がはじく。刀の横腹――鎬(しのぎ)といわれる箇所を殴ることで、攻撃の軌道をそらしたのだ。
すかさず劉生は反撃する。
カウンター気味に放たれた拳が顔面へと迫るも、一期はこれを見切りわずかに首をひねるだけでかわした。
が、いったん飛び退る。
一期の頬がわずかに焼き切れていた。
千里の目にはちゃんと対処したように見えたのだが、避けきれなかったということ。
その理由はじきに判明する。
今度は劉生の方から攻めてきたのだが、その拳が不自然に加速する。
瞬発力を産み出していたのは肘からの噴射だ。肘の先が火を噴き、腕がまるでロケットのようになることで、拳の威力と速度が跳ね上がっていたのだ。
変速する拳、ゆえに一期も完全には見切れなかった。
ふつうであれば、暴れる両腕を制御しきれずに振り回されるのだろうが、劉生は見た目によらぬ華麗なステップにて踊り、見事に己という荒馬を乗りこなしていた。
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