乙女フラッグ!

月芝

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021 公道デッドヒート

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 旗合戦は五対五のチーム戦である。
 双方が旗役の乙女を守りながら戦う。
 絡新婦の小柴夾竹、正体不明のルイユ・クロイス、夜行の迅劉生らに続き暁闇組チーム側の四人目が登場!
 ちらりと顔見せ程度だが、挨拶代わりというにはあまりにも激しいおもてなし。
 鬼女・黒塚婀津茅の妨害工作をからくも退けた夕凪組チーム。
 トンネルを突破すると、ほどなくして道路が片側二車線となった。
 ほぼ直線がしばらく続く、遮るものはない。

 首切り馬こと迅劉生はたしかに速い。
 生身の人間であるのにもかかわらず、それを乗りこなしている星華も凄い。
 だが、蓮が運転するクルマは人類の叡智の結晶である。疲れ知らずのマシンが本領を発揮するのはここから。

 前方の暗闇に蒼い炎が揺らめく。
 駆ける劉生が発しているものだ。
 ついに先行していた劉生と星華ペアの背中を捉えた。

「ようやく追いついた! みてらっしゃい、いっきにマクるわよ~」

 言うなり蓮がシフトレバーへと手をのばす。レバーの上部がマヨネーズの容器のフタのようにパカッと開く――なかにあったのは赤いボタンだ。蓮はそれをポチっとな。
 するとクルマに関してはまったくの素人である千里の耳にもわかるほどに、エンジン音が明らかに変わった。
 ドドドドドド……
 腹の底に響くような震動が、お尻の下から伝わってくる。
 それにともない、ギュッとシートの背もたれに押しつけられるような感覚に千里は襲われた。

 搭載されているスーパーチャージャーが起動!

 圧縮された空気がエンジンに送られることにより、燃焼率が飛躍的に向上する。
 低回転域から最大トルクが発揮され、従来であれば排出されロスされるばかりの熱エネルギーをも活用することで、軽いアクセルの踏み込みでも力強い加速と走りを実現する。
 燃費、エネルギー回収効果が抜群にて、何よりなんだかカッコいい!
 が、残念ながらデメリットもある。
 それはガンガン燃料を焚くがゆえに、エンジンへの負担が大きいことだ。そのため冷却装置類は必須にて、その分だけコストと車体の重量が増えてしまう。

 ……などの事柄を嬉々として語る蓮であったが、千里はいまいちピンとこない。
 あと助手席の窓が割れた状態なので、吹きさらしになっているせいで風が顔にビシバシ、目をあけているのがけっこう辛い。
 それからこれはいまさらだが、蓮は相当のクルマ好きのスピード狂であった。

「えーと蓮さん、それってターボみたいなことかな? ギューンって速くなるヤツ」
「似たようなものだけど、原理がちっがーう。あのねえセンリちゃん、ターボっていうのは排気ガスを利用したもので……って、まぁいいわ。いまはそれどころじゃないから、また今度じっくり教えてあげる。
 それよりも一期くん、あなたがさっき壊した窓ガラス、きっちり弁償してもらうからね」
「っ!」

 大禍刻中に起きた破壊は一時的にて、終了時には元に戻るものとおもっていたが、なんでもかんでも元通りというわけではないらしい。
 蓮と一期のやりとりから千里はそのことを知った。
 そうしているうちにも、両チームの差はグングン縮まっていく。
 スピードメーターの数字が百五十キロに届かんほど。
 二車線あるうちの左側を劉生と星華ペアは走っている。
 追い越されないように邪魔をするかとおもわれたが、そんな動きはナシ。
 そこで蓮は右の追い越し車線の方から抜きにかかったのだけれども――

「ちぃいぃぃ」

 不意に車体がグラついたもので、走行がわずかに乱れた。高速の運転中では、わずかな蛇行も転倒へと繋がる恐れがある。蓮はすぐに体勢を立て直したものの、せっかくの追い越せムード、その勢いが削がれてしまった。ようやく並んだとおもったら、三馬身ほど遅れてしまう。
 乱れた原因は右側面から吹いてきた突風のせいだ。
 追い越そうとしたタイミングで市内を流れる川にかかった橋に進入、ここでは時おり川の水面を滑るようにして強い風が吹く。
 相手にばかり気をとられて、周囲の状況を見落としていた。
 一方で、星華たちは地形を把握したうえで左側を走っていたのだろう。
 まんまと風よけに使われたと知って、蓮は「やられたわ」と悔しがった。

  ◇

 あっという間に橋を渡り終えた。
 抜きつ抜かれつのデッドヒートがしばらく続く。
 煌びやかな市街地を抜けたところで、みるみる視界が暗くなる。大きな建物も目に見えて減っていった。
 直線もいよいよ終わり郊外へと。
 コースはこの先、山間部へと移行して左へと大きく折れる。
 名もなき山を迂回した先に、目的地である伊白塚公園があった。
 山道へと差し掛かったところで、蓮がスーパーチャージャーを停止させた。ここからは速度や加速よりもライン取りとコーナリングが肝要となるからだ。
 しかしそんな夕凪組チームを横目に、暁闇組チームが急に道からそれた。
 で、そのまま名もなき山へと分け入り、木立ちをスイスイ器用にかわしながら斜面を突き進んでいくではないか!
 なんという健脚、なんという手綱さばき。
 人馬一体の妙技は悪路をものともせず。

 クルマでは真似できない、ウマならではの大胆なショートカット!

「なっ、ズルい!」
「そんなのアリなの!?」
「…………やるな」

 呆気にとられる千里たちを残し、劉生と星華ペアはさっさと行ってしまった。


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