乙女フラッグ!

月芝

文字の大きさ
上 下
19 / 72

018 魔女の一撃と首切れ馬

しおりを挟む
 
 夜の十時半過ぎ――
 日中だとそこそこの交通量がある国道も、この時間帯だとガラガラだ。
 指定された時間までには余裕で現地入りできるだろう。
 いま千里はクルマの助手席にいる。上下のジャージにパーカーを羽織っただけのラフなかっこうなのは、おしゃれよりも動きやすさを優先したから。
 ハンドルを握っているのはこのクルマの所有者である蓮で、後部座席には一期が陣取っている。

 さて、どうやって家を抜け出したものやら。
 と、気をもんでいた千里であったが、取り越し苦労に終わった。
 万丈がやってくれたのだ、得意の化け術により家族の目を欺く。
 なんだかんだで頼りになるおっさんである。
 でも、その万丈は同乗していない。

「すまん、嬢ちゃん。今回はパスさせてくれ。腰の具合がちょっと……」

 お店の掃除がてら溜まっていた古雑誌を片付けようとするも、束ねたものを持ち上げようとして、うっかりギックリ!
 若い千里はまだ経験していないが、ウワサに聞くところによればアレは相当に激烈らしい。
 世の老若男女を悩ませるだけでなく化けタヌキすらも倒すとは、さすがは魔女の一撃といわれるだけのことがある。
 にもかかわずコルセットをつけて、痛み止めを飲み、湿布のニオイをぷんぷんさせながら、わざわざ出張ってくれたというのだから、おっさんには感謝しかない。
 だから千里はナムナム手を合わせて拝んでおいたのだが、万丈からは微妙な顔をされた。

 集合場所の廃ホテルは、市内の南南西は隅っこに位置している。
 山が近く、付近には民家がほとんどない。街の喧騒もほとんど届かない寂しいところだ。
 じょじょに速度を落とし、蓮がハンドルを回す。
 クルマが国道をそれて、ホテルの敷地内へとゆっくり入っていく。
 ジャリジャリとやかましいのは、タイヤが地面の砂利を踏む音。
 ヘッドライトに照らされて、闇の中に廃屋が浮かびあがる。

 色ボケした男女が休憩と称してはしけこみ、睦言むつごとを交わしていたのも今は昔のこと。
 周囲には草がぼうぼうと生い茂り、窓はすべて割れ、扉も失せて吹きっさらし。壁は落書きだらけで、内外にゴミが散乱している。この場所には関係なさそうな廃材や壊れた家電類は不法投棄されたモノだろう。
 それはもう見事なまでの廃れっぷりである。

「よりにもよってこんなところに集合だなんて。……にしても本当にここで旗合戦をするの? イヤだなぁ」

 クルマから降りた千里は、蔓だらけの廃屋を前にしてボヤく。
 鼻の奥がツンとする。雨漏りや湿気も酷そうだし、ところによっては天井や床も抜けているのだろう。きっと内部はホコリとカビだらけ。
 そんな場所に立ち入りたくないというのが、千里の偽らざる本音である。

「……たぶん違う、ここでは狭すぎる」

 ざっと周囲の様子を見てきた一期が戻るなり言った。
 たしかに第一幕の舞台となった淡墨桜花女学院に比べると、廃ホテルはあまりにも小ぶり。こんなところで化生同士がぶつかれば、朽ちかけの建屋はとても耐えられないだろう。

「っていうか、そろそろ約束の時間だよね。呼びつけておいて、誰もいないんですけど」

 集合時間まで、残り五分を切っていた。
 スマホ画面の眩しさに目を細めつつ、千里は眉をひそめる。
 そのタイミングでプッと短いクラクション、鳴らしたのはクルマのそばに待機していた蓮である。
 千里と一期がふり返ると、ちょうど闇の向こうから近づいてくる者の姿が目に入った。

 パカラ、パカラという蹄の音がする。
 それは大きな馬であった。
 闇よりもなお濃く深い……夜空の深淵をおもわせる藍色の毛並み、首太く、四肢は逞しく、胸板厚く、雄々しいたてがみにて、尻尾を悠然と揺らす。
 蓮のクルマと比べても見劣りしない巨躯、だが必ずあるはずのモノが欠けていた。
 それは頭部だ、まるで刀でバッサリ首を刎ねられたかのよう。
 あらわれたのは首切れ馬であった。
 その背にまたがっているのは乗馬服の鳳星華だ。赤のジャケットに白のキュロットパンツ、足元は黒革のロングブーツという上品なブリティッシュスタイル、しゃんとした姿勢にて手綱を握る姿が様になっている。星華は乗馬もたしなんでいるようだ。レイピアまで携帯している。

 首切り馬と銀髪の令嬢という組み合わせ。
 千里があんぐりしていたら、一期がこそっと教えてくれた。

「……あれは夜行の迅だ」

 夜行とは、各地に伝承が残る妖である。
 首切れ馬に乗って徘徊する鬼で、運悪く遭遇したら奇禍に見舞われる不吉な存在とされている。だが地域によっては馬と鬼は必ずしも対にはなっておらず、首切れ馬のみの伝承も多い。そのため首切れ馬そのものを夜行と呼ぶこともある。

 首切り馬こと夜行は、迅劉生じんりゅうせいと名乗った。
 威風ある見た目にふさわしい堂々たる声と態度。
 劉生は人の姿ではなく、いきなり本性である化生の姿をさらし千里の度肝を抜く。
 夕凪組と暁闇組、両チームが揃ったところで、ちょうど指定された時刻となった。
 と、ここでまたもや、みんなのスマホにメールの一斉送信が届く。
 慌てて確認してみると内容はレースの開始を告げるもの。スタート地点はここ廃ホテル、ゴール地点は国道をひた走った先にある、伊白塚公園内のモニュメントとなっていた。

 旗合戦の五番勝負、第二幕はまさかの駆けっこ競争?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

「夢」探し

篠原愛紀
キャラ文芸
海の見える丘の上で、絵描きは幼い少女と出会う。 絵描きは優しく少女に物語を語りながら、「夢」を探して彷徨う。 少女に物語を語る形式の短編集です。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

処理中です...