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018 魔女の一撃と首切れ馬
しおりを挟む夜の十時半過ぎ――
日中だとそこそこの交通量がある国道も、この時間帯だとガラガラだ。
指定された時間までには余裕で現地入りできるだろう。
いま千里はクルマの助手席にいる。上下のジャージにパーカーを羽織っただけのラフなかっこうなのは、おしゃれよりも動きやすさを優先したから。
ハンドルを握っているのはこのクルマの所有者である蓮で、後部座席には一期が陣取っている。
さて、どうやって家を抜け出したものやら。
と、気をもんでいた千里であったが、取り越し苦労に終わった。
万丈がやってくれたのだ、得意の化け術により家族の目を欺く。
なんだかんだで頼りになるおっさんである。
でも、その万丈は同乗していない。
「すまん、嬢ちゃん。今回はパスさせてくれ。腰の具合がちょっと……」
お店の掃除がてら溜まっていた古雑誌を片付けようとするも、束ねたものを持ち上げようとして、うっかりギックリ!
若い千里はまだ経験していないが、ウワサに聞くところによればアレは相当に激烈らしい。
世の老若男女を悩ませるだけでなく化けタヌキすらも倒すとは、さすがは魔女の一撃といわれるだけのことがある。
にもかかわずコルセットをつけて、痛み止めを飲み、湿布のニオイをぷんぷんさせながら、わざわざ出張ってくれたというのだから、おっさんには感謝しかない。
だから千里はナムナム手を合わせて拝んでおいたのだが、万丈からは微妙な顔をされた。
集合場所の廃ホテルは、市内の南南西は隅っこに位置している。
山が近く、付近には民家がほとんどない。街の喧騒もほとんど届かない寂しいところだ。
じょじょに速度を落とし、蓮がハンドルを回す。
クルマが国道をそれて、ホテルの敷地内へとゆっくり入っていく。
ジャリジャリとやかましいのは、タイヤが地面の砂利を踏む音。
ヘッドライトに照らされて、闇の中に廃屋が浮かびあがる。
色ボケした男女が休憩と称してはしけこみ、睦言を交わしていたのも今は昔のこと。
周囲には草がぼうぼうと生い茂り、窓はすべて割れ、扉も失せて吹きっさらし。壁は落書きだらけで、内外にゴミが散乱している。この場所には関係なさそうな廃材や壊れた家電類は不法投棄されたモノだろう。
それはもう見事なまでの廃れっぷりである。
「よりにもよってこんなところに集合だなんて。……にしても本当にここで旗合戦をするの? イヤだなぁ」
クルマから降りた千里は、蔓だらけの廃屋を前にしてボヤく。
鼻の奥がツンとする。雨漏りや湿気も酷そうだし、ところによっては天井や床も抜けているのだろう。きっと内部はホコリとカビだらけ。
そんな場所に立ち入りたくないというのが、千里の偽らざる本音である。
「……たぶん違う、ここでは狭すぎる」
ざっと周囲の様子を見てきた一期が戻るなり言った。
たしかに第一幕の舞台となった淡墨桜花女学院に比べると、廃ホテルはあまりにも小ぶり。こんなところで化生同士がぶつかれば、朽ちかけの建屋はとても耐えられないだろう。
「っていうか、そろそろ約束の時間だよね。呼びつけておいて、誰もいないんですけど」
集合時間まで、残り五分を切っていた。
スマホ画面の眩しさに目を細めつつ、千里は眉をひそめる。
そのタイミングでプッと短いクラクション、鳴らしたのはクルマのそばに待機していた蓮である。
千里と一期がふり返ると、ちょうど闇の向こうから近づいてくる者の姿が目に入った。
パカラ、パカラという蹄の音がする。
それは大きな馬であった。
闇よりもなお濃く深い……夜空の深淵をおもわせる藍色の毛並み、首太く、四肢は逞しく、胸板厚く、雄々しい鬣にて、尻尾を悠然と揺らす。
蓮のクルマと比べても見劣りしない巨躯、だが必ずあるはずのモノが欠けていた。
それは頭部だ、まるで刀でバッサリ首を刎ねられたかのよう。
あらわれたのは首切れ馬であった。
その背にまたがっているのは乗馬服の鳳星華だ。赤のジャケットに白のキュロットパンツ、足元は黒革のロングブーツという上品なブリティッシュスタイル、しゃんとした姿勢にて手綱を握る姿が様になっている。星華は乗馬もたしなんでいるようだ。レイピアまで携帯している。
首切り馬と銀髪の令嬢という組み合わせ。
千里があんぐりしていたら、一期がこそっと教えてくれた。
「……あれは夜行の迅だ」
夜行とは、各地に伝承が残る妖である。
首切れ馬に乗って徘徊する鬼で、運悪く遭遇したら奇禍に見舞われる不吉な存在とされている。だが地域によっては馬と鬼は必ずしも対にはなっておらず、首切れ馬のみの伝承も多い。そのため首切れ馬そのものを夜行と呼ぶこともある。
首切り馬こと夜行は、迅劉生と名乗った。
威風ある見た目にふさわしい堂々たる声と態度。
劉生は人の姿ではなく、いきなり本性である化生の姿をさらし千里の度肝を抜く。
夕凪組と暁闇組、両チームが揃ったところで、ちょうど指定された時刻となった。
と、ここでまたもや、みんなのスマホにメールの一斉送信が届く。
慌てて確認してみると内容はレースの開始を告げるもの。スタート地点はここ廃ホテル、ゴール地点は国道をひた走った先にある、伊白塚公園内のモニュメントとなっていた。
旗合戦の五番勝負、第二幕はまさかの駆けっこ競争?
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